ふたつの「保守化」現象:雇用とジェンダー

雑記

「若者の保守化」は、ここ数年、研究者の間でも話題にされるようになったテーマだ。もちろん、その内容に是非はあるんだけど、少なくともそういう素材を研究テーマとして選ぶことが妥当だと感じられるくらいには、「保守化」は共通了解になっているのだろう。たとえば関東社会学会の機関誌である『年報社会学論集』では、2007年に『「保守化」の社会過程を読み解く』と題した特集が組まれている。

それ以外にも、たとえば友枝敏雄「現代青年の規範意識の変容――個人化と保守化の同時進行」(日本青年心理学会大会発表論文集)では、福岡県内の高校を対象にした調査から、「(1) 高校生の規範意識は、大人世代のそれとは大きく変化しており、若者のモラルの内容が大きく変化しているのではないか」「(2) 高校生の社会観、国家観に保守意識が浸透しており、いわゆる有名大学進学するエリート校ほど、ナショナリズム的な意識が強い」という知見が提示されている。特に第2の知見については、「55年体制下での「保守-革新」図式に準拠した保守意識ではな」く、「現状を肯定した上で、多くの問題を「心の問題」として解決したいという意識の現れ」であると述べられている。隣接分野でも、政治学などではこうした意識調査はよくあるようだし、学会報告などでも一本は見かけるようになった。

ただ、ここで「保守化」と呼ばれているものは、むしろ「若者の意識の右傾化」と呼ばれるべきもので、排外主義的主張やジェンダーフリー・バッシングなどの現象を念頭に置いている場合が多いように見える。00年代の半ば頃には、論壇などでもこうしたテーマを扱ったものが多かったと記憶している。04年のイラク人質事件でのバッシング現象やネット上での排外主義などと絡みながら、「右傾化・ネット・若者」がセットで論じられていた時期だった。こちらについては僕も関わった実証研究の中で、現在、こうした人々はごく少数であることが分かっている。

だが近年注目を集めているのは、それとは別の角度で語られる「保守化」だ。つまり、雇用や性別役割分業に対する意識が、近年「反転」し、「昭和回帰」しているのではないかということである。たとえば、内閣府の「男女共同参画に関する世論調査」では、2002年と2004年の結果を比較した場合、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に「賛成」と答えた割合は、20代女性で1.7ポイント、30代女性で7.6ポイント増加している。つまり、性別役割分業に賛成する若年女性が増えたということだ。経年比較ではないが、今年の『男女共同参画白書』においても、同じ項目について聞いた別の調査で、「賛成」と答える20代・30代の女性が、40代・50代に比べて多くなっていることが指摘されている。

雇用に関しては、財団法人日本生産性本部の「新入社員意識調査」がよく参照される。今年の調査においても、「今の会社に一生勤めようと思う」という回答が過去最高(55.2%)となったことが報じられたが、同調査のその他の結果を見ても、終身雇用・抜け駆け禁止・組織への恭順といった傾向の高まりがうかがえる。

実はこうした傾向は、若者の「右傾化」が論じられていた00年代の半ば頃に既に明らかになっていた。第一生命経済研究所が発行している『ライフデザインレポート』では、2004年の3月に「保守化する新入社員」、2005年の9月に「性別役割分業意識の変化」という記事が掲載されている。それぞれ、上記に述べたような傾向について扱った短文だ。

いずれのレポートにおいても、若者たちの「保守化」の原因は、不況や雇用情勢の悪化に求められている。現在でも、雇用不安と収入減少で「安定志向」が高まっているという風に、こうした現象は説明される。しかし、データを見る限りその立論には疑問が生じる。バブルが崩壊して20年、若者の雇用情勢がもっとも深刻だった2000年前後から約10年、「不況」は常に日常の風景として僕たちの周囲を取り巻いていたはずだ。もし不況だけが原因なら、10年前にも同様に「若者の保守化」が観察されなければならないはずだ。しかしながら実際には、「保守化」はこの10年ないし5年の間で急速に進んでいるのである。しかもこの間、景気や雇用情勢はむしろ良好だったはずなのだ。

ただし、そうした見方に当てはまらないデータもある。先の「男女共同参画に関する世論調査」において、仕事優先の生き方と、家庭・地域生活優先の生き方、男女それぞれにどちらの生き方が望ましいかを聞いた項目では、97年と04年を比較した場合、実は男女ともに「仕事優先」の生き方を望ましいとする回答が増えている。この項目について分析した『ライフデザインレポート』の松田茂樹の記事では、「女性の生活は家庭・地域優先と答えた割合は、若年女性の方がその上の世代である40-50代の女性よりも高くなっている」と述べられているが、20代女性で4.3%だった「仕事優先」の回答が、24.2%まで上昇していることも見逃してはならない。仕事をしたいと望む女性は全世代で増えているが、上の世代と比較した場合に、その割合が比較的小さいということが、若年層の「保守化」と呼ばれている現象なのである。

雇用についても同様で、確かに終身雇用志向は高まっているのだが、その反面、仕事にやりがいを求め、自己実現を志向する傾向は、一貫して強くなっている。この点を勘案すれば、若者は雇用に対して保守化しているというより、雇用を通じて達成したい目標は変わっていないが、その達成のための手段が保守化していると見ることができないか。不況期だからこそ「脱終身雇用」が目指された10年前と、不況期ゆえに「終身雇用」が志向される現在。両者の違いを導いている変数は、他にあるはずだ。

感覚としては、この「反転」にはさもありなんと思うところもあるし、そのメカニズムについても大体の予想は付く。雇用機会均等法第一世代の40代と、就職氷河期とITバブルで「フツーの就職」の外に可能性を見出すほかなかった30代と、そうした輝きが(ごく一部の「意識の高い」高学歴層を除いて)失われてしまった20代では、雇用やジェンダーに対する期待値や、期待はずれの水準は大きく異なるだろう。ただそれを事後的に検証するのは困難だし、特に僕ら30代の「あの頃」の感覚を検証してくれるデータとなると皆無だ(たぶんドキュメンタリー番組のインタビューとかになるんだろう)。

「景気が悪いせい」という物言いは、「景気がよくなれば全て元通りになる」という期待の裏返しだ。けれど00年代後半の好景気にも関わらず「保守化」は進行した。過去のデータの意味づけは、現在の状況によって容易に変わるし、多くの人はそのデータが取られた時点のことを忘れて数字だけを見てしまう。もちろん問題もたくさんあるけれど、数字の向こうに「生きた人」がいたことを読み取る手付きについて、見田宗介先生の本から教わることは多いと、あらためて思う。

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