6月のいただきもの&読書

雑記

今月もいろいろいただきました。ありがとうございます。自分で買って読んだものも含めてご紹介。

社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲーム (講談社現代新書)
荻上 チキ
講談社
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チキ君からいただきました。タイトルはやっぱりもったいないかなあ。少なくとも身体論として僕らが想起するものとはかなり違う。前半で書かれているのは、メディアが拡張する身体・を巡る社会的な言説の話だ。小説害悪論からゲーム脳まで、ニューメディア批判が身体規範を賭け金にした言説闘争であることを明らかにしたことには意義があるけれど、それはともすれば「新しいメディアが非難されるのはいつの時代も同じ」という居直りを誤導しかねない。そこには、身体を扱う言説の高度化・専門家による権威化のプロセスも介在しているのじゃないか。時代ごとの内容の違いに注目するためにこそ、共通の形式の抽出は必要とされているのだと思う。

実は後半のお笑いの話が、その応用になっている。つまりメディアに対する受容形式の高度化によって、「キャラみせ」という現在のお笑いのスタイルを記述しようとするという、『嗤ナショ』以来の日本メディア分析のありうるアプローチ。またゲームの話は、カイヨワの遊びの定義における「めまい性」に相当する「メディアズ・ハイ」を事例分析に落とし込んだもの。こうした事例は足が速いだけに、既に何度も利用されている分析枠組みを、いくら陳腐だとしても繰り返し用いなければならず、ひとりの人間が続けるには限界があるので、いいぞもっとやれって感じ。

PLANETS Vol.6
第二次惑星開発委員会

というわけでこちらもお笑い特集。ずっとテレビから離れているのでそっちはざっと眺めただけ。Synodosとのコラボは、なんかみんな近代思想の人だからか、とっても思想の科学っぽいなあという印象。大澤×宇野対談は、どんどん大澤さんがインタビュアー化していく流れが面白かったかな。その宇野君の罵倒スタイルも健在だけど(「自己啓発」とかいいかげんな言葉の使い方も多いとはいえ)、まさに彼が罵倒するタイプの人々を市場にした「サブカル・インデックス」としての機能を考えれば、彼がやっていることはまっとうに「媒体」なのだろうなと思う。そういえばかつての三浦雅士氏のような、「編集長」が媒体と発信の両方を兼ねて存在感を持つっていう例、最近見ない気がする。

コスプレする社会―サブカルチャーの身体文化
せりか書房
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執筆を担当した難波功士先生よりいただきました。オタからビジュアル、タトゥー、ヤンキーと、いわゆる狭義の「コスプレ」にともなわない、身体的な自己提示とアイデンティティの問題を扱った一冊。個別の事例に違和感がある部分もあるし、全体的な動向の有機的な連関を描くところまではいってないと思うけれど、自分が教員になってみると分かるのは、学生たちに圧倒的に「事例」への感覚が足りないということだったりするので、やっぱりこうした「誰かがまとめた事例」は、講義などで重宝するのだと思う。

とっさのマルクス―あなたを守る名言集
的場 昭弘
幻冬舎
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編者の斎藤哲也さんよりいただきました。マルクスは確かに「名言」を抽出するのが難しく、前後の文脈抜きでは理解できない文章を書く人で、だからこそ逆に「○○的」とかいう用語だけが一人歩きしてきたという歴史があるのだけど、短文を「名言」として引っ張り出してきたアイディアはさすが。マルクスは常に文献学的な研究成果を参照しないと読めないと言われてきたけれど、それとは切れた形での「読み」も、それはそれとしてあっていいはず・・・というか日本の教育そのものが「正典」(原典ではない)を重視しすぎで、だからReaderとかができないんだよなあ。

献本というか僕もちょっとだけ書いているのでいただいたのだけど、三浦さんが割と面白いことを言っていてお得だった。ここで三浦氏が挙げている20冊は、どれも必読文献。社会学をマーケット分析に使う際の「大枠」は、まだそこまで変わらないのだ。研究者がこうしたアプローチとどう距離を取るかという問題はあるかもしれないけど、僕自身はもっとそういう部分をやさしく解説する本があってもいいと思う。僕は面倒なので誰か新書で書いて欲しい。あ、あとこちらの宇野君の文章はとても面白かった。

人口学への招待―少子・高齢化はどこまで解明されたか (中公新書)
河野 稠果
中央公論新社
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優生学と人間社会―生命科学の世紀はどこへ向かうのか (講談社現代新書)
米本 昌平 ぬで島 次郎 松原 洋子 市野川 容孝
講談社
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たまたま続けて読んだのだけれど、関心がリンクしてきて面白かった。人口学(Demography)は、アメリカでは社会学の中でも実証性の強い分野として知られているけれど、そもそも人口を統計的に把握し、予測するという振る舞いそのものには、国家の強い意志が介在しているわけで、そこには当然「どのような人口の増え方が(国家にとって)望ましいか」という優生的な思想が首をもたげる余地が出てくる。後者の本では、そのものずばりというほどではないけど、特に市野川氏が何度か、福祉国家と優生思想の共犯、つまり「よき生」を増やすことの裏側としての「悪しき生」の取り扱いについて指摘している。前者の本における、かつて人口爆発が懸念されていたインドなどでも出生率が低下しているという話も含めて、この話はグローバルな分析を必要とするのではないか、と思った。

あと、読んだけど評価を保留したいものとして

「集団主義」という錯覚―日本人論の思い違いとその由来
高野 陽太郎
新曜社
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ベーシック・インカム入門 (光文社新書)
山森亮
光文社
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を挙げておきます。

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