9月のいただきもの&読書

今月も色々といただきました。どうもありがとうございます。

現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ (NHKブックス)
高原 基彰
日本放送出版協会
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Life周りでも話題の高原君の新著。草稿をいただいたときには、「日本の反近代」ってタイトルにして、構成も入れ替えて現代の社会問題の底に流れる思想についてアピールする本にしたら、なんて無茶なコメントを振ったりしてたな。そんなわけで、大胆な分析と主張とか言われているけど、僕からするとむしろ手堅くまとまったなという印象。というか俺の目の付け方ががエキセントリックすぎるのか。

この種の本ってたいてい、どのくらい取り上げる意味があるのかも分からない仮想敵を設定して、それを批判するっていうスタイルを取りがちで、それがどんなに「実証的」に書かれていようとも、そもそも問題設定の段階で的外れですから、っていうのが多い。この本もある意味「昭和の安定に憧れるロスジェネ」という仮想敵を批判的に分析した本として受け止められるだろうし、そのことでいらん反応を招きもするだろうな、と思う。けどこの本の面白いところは、そうしたイメージの前提となる「社会の理想」を、政策形成プロセスの中から抽出し、問題設定に客観性を持たせている点だと思う。そこを見落とすと、ただの「立ち位置系」に見えちゃうんだよね。

ただ問題は、高原君自身にそうした「政策論」への関心が皆無であることと、その「政策論」と私たちの中の「理想」がどのように関わっているのかが、どうにも見えないことだ。その「理想」は、ほんとうにみんなに共有されていたのだろうか?「自由か安定か」の二項対立の中、安定へとアクセスする手段を欠いた人々の自由に対する相対的剥奪感がドライブされる、というのは、僕も書いてきたことだけど、昭和だって別にずっと「安定の時代」だったわけではないはずで、歴史過程に言及するなら、そのあたりの「社会意識」に対する検証は必要だろうな、と思う。ベタな政策論をやる必要はないと思うけど、たとえば内田隆三さんなんかがたまにやる「政策のことばの言説分析」みたいな方法に手を出さないのだとしたら、これからこの議論を踏まえてどこに行くのかな、とか思った。以上自分のことは棚上げの感想。

あとは本人にも言ったけど、『現代日本の転機』ってこの明らかに中国・韓国で翻訳されることを意識したタイトルはどうよ、っていうね。

高原君のお師匠に当たる遠藤さんの新著。いつも思うのだけど、高原君の手堅くまとめようとする文体は、遠藤さんの俺に優るとも劣らないエキセントリックな論理展開に対するリアクションなんじゃないかという気がする。というわけで僕としては読んでいて本当に面白いのだけど、いったいどれだけの人がこのおもしろさを理解できるのかなあとちょっと不安になる。

本書の基本的な見取り図はこうだ。一般的に現代的プロセスとして理解されているグローバリゼーションには、歴史的に長い間続いてきたプロセスという側面もあり、特に文化や情報の領域でそれは顕著である。本書では特に、グローバル文化が立ち上がる19世紀末から20世紀初頭の消費文化の中に存在した、「聖なるもの」のイメージを抽出し、それが現代にまで続く消費文化の核となっているのではないかという仮説に基づいた言説や事例の分析が行われる。キューピーちゃんやビリケンさん、クリスマスなどのアイコンが消費化されていくプロセスを通じて検証されるこの仮説は、ものすごく「大胆」かもしれないが、僕から見れば現代の消費社会論とまっとうに結びつくとても鋭い視点だと思う。というか今年自分が調査しているショッピングモールも、こういう話の延長線上に据えることができるのだろうな、と思った。

消費の中に「聖性」が入り込むのは、消費が消費である限り近代の普遍的な現象だと言えるだろうけど、それをメディアがどのように広め、定着させてきたのかについて知ることは、当時の問題だけでなく、現代の問題について考えるきっかけにもなる。なぜ「安売り」は「フェア」や「フェスタ」などの「祭り」の表象で語られるのか。なぜ郊外のショッピングモールのような消費空間が「夢の国」の体裁を取らなければならないのか。そこにはおそらく「家族」をコアとする現代の消費空間の帯びる「聖性」の問題が絡んでいるはずだ。

とまあこういう風に考えれば面白いのだけど、ただそれは、アメリカと日本という、宗教的に特殊な文脈を持った地域を主たる対象としているから、という面は確実にある。逆を言えばヴェーバーが「なぜヨーロッパで資本主義が発達したのか」と問うたように、「なぜ日本とアメリカで消費社会が発達したのか」について問わなければ、このアプローチは単なる現状肯定・否定の材料にしかならない。いろいろとひらめきを与えてくれる本でした。

サイバーシティ (シリーズ叢書コムニス09)
M・クリスティーヌ・ボイヤー
エヌティティ出版
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訳者の田畑先生から拝受。原著は96年だけど、ものすごく鋭い視点が詰まっている。というか『ウェブ社会の思想』の構成と、ちょっと似てるんじゃないのかという気がした。著者はここでタイトルにもなっている「サイバーシティ」を、仮想空間の中のメタファーとしての都市だけでなく、そうした言説を成り立たせている現実の身体性や、それを前提とした身体からの解放の文脈までをも、つまり言い換えれば「サイバー」なものをめぐるアクション-リアクションの総体を「サイバーシティ」と位置づけているのだと読んだ。ウェブが現実空間と生身の身体へ浸食し、それがウェブの現実を構成するというイメージは、僕がずっと考えていたことのひとつだし、現在でも進行中のプロセスだと思う。

情報人類学の射程―フィールドから情報社会を読み解く
奥野 卓司
岩波書店
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著者の奥野先生から頂戴する。奥野さんのライフワークである情報人類学について、久しぶりにまとまった論考が出てきたという感じ。第1章で、人類学にルーツを持つその調査の手法と射程がきちんと紹介されていたり、第3章では情報社会論の系譜が丁寧にレビューされていたりと、教科書としてもとても使いやすいものになっているなと思った。

それとは関係のない話だけど、随分昔に人類学の人から、僕が本で扱うネットの世界の描き方が、とても人類学的な手法に似ていると言われたことがあって、へーそんなもんかと思ったことがある。まあ確かに、対象の中に入り込みはするけど、決して共感しているわけでも、単なる「当事者」でもないというポジションから現象を見るのは僕のスタイルなのかもしれないし、何より「当事者性」を担保にした周囲の仲間の研究に、より広い文脈への志向を感じられずに食い足りなさを感じていた僕にとっては、必然的にそのような距離しか取れなかったのかもしれない。本書における「情報人類学」のアプローチについて読んで、こういう形で体系化されることがあれば、自分の考えもノウハウとして継承可能になるのかな、などと偉そうなことを思ったのだった。