郊外とイエとナショナリズム

東海道新幹線に乗るたびに、胸が締め付けられるような気持ちになる。田園の合間に立ち並ぶ個性のない住宅と学校と、コンクリート工場。都市部が近づくにつれ増えるロードサイドの飲食店と、駐車場の広いスーパーと、大型ショッピングセンター。雨に濡れたアスファルトと、河川敷の水たまりと、どこまでも続く鉄塔。そうしたひとつひとつの風景を、「死んだ国土」と呼ぶ感性は、どうしても僕の中には見つからない。なぜならそれこそが、僕のふるさとの風景だからだ。

幹線道路を走る車の中にも、夕焼けを透かして見る校舎の教室にも、のっぺりとした郊外型住宅の中にともる灯りにも、その向こうに「人間」を抱えている。都市設計家やコミュニティ活動家が批判する凡庸な風景の中で、飯を食って、仕事をして、教室の机に落書きをして、塾に通って、告ったり告られたりして、生きている人間がいる。きっとその家を建てた瞬間、そこには未来への希望があり、ローンへの絶望があり、新しい木と接着剤の匂いがあり、せわしない引っ越しの風景があったのだ。それは数十年前、僕らの親の世代やその少し上の世代が、念願の住居を「団地」という形で、生まれた土地ではない場所に手に入れたときにも、存在していた情念だったはずだ。

柳田国男が構想した「常民」の思想が、それぞれの土地に受け継がれた文字なき物語を、ある種のナショナリズムに収斂させるものであったことは、これまでも何度か批判されてきた。見田宗介が明らかにしたとおり、戦前の日本における二度の「民謡」ブームはそれを、ローカリティの発見というモチーフから、再帰的に構想された「田舎の情景」を謡うものに変えていったのだった。農政官僚だった柳田が見た「地方」の物語は、その意味で再帰的な「地方の情景」に過ぎなかったかもしれないが、仮構の「日本」という物語を呼び出し、「日本人」の存在論的基盤をいかにして守るかを考えさせるものになっていた。

新幹線から見る現代日本の「イエ」と商業施設の風景は、柳田がかつて夢想したのと同じ意味で、「日本人」の原風景と呼びうるものになるだろうか、ということをぼんやりと考える。柳田があれほどイエの連続性、先祖祭祀にこだわったのは、その「つながっている」感覚が日本人の存在論的安心の基層だと考えたからだと思うが、現代におけるイエの感覚とは、核家族を形成し、「一家」を構えるに当たって生じる、あまりにも凡庸な物語の一列に加わることなのではないかと思う。どれほど最先端の感性を気取っても、子どもの前では戦隊ものヒーローの真似をしなければいけないし、PTAの出し物にだって出ないといけないかもしれない。そうした「ありがち」の一部になっていくことは、祖先とはまた違った意味で「日本人」の一列に自らを加える動機付けになるのだろうと思う。

労働においても同じだろうなと思う。緒方知行監修『お客さま感動をありがとう――オートバックスのスターたち(現場で働く従業員)の感動と自己成長の記録を綴った作文集』は、タイトル通り、全国のオートバックスの従業員が顧客満足をテーマに書いた作文を集めた文集だ。正直、つたない文章のものも多いし、これを読んで何を学べるのだ、と言いたくなる作文も目に付いたのだけれど、そこには柳田が読んだ農政の報告書と同じく、文字化されることのなかった「現実」が、紛れもなく存在している。

それを感情労働だとか、〈やりがい〉の搾取だと呼ぶことはたやすい。たぶん、そういって差し支えのない現場も存在するだろうとは思う。しかしそのことと、そこに共通して立ち現れてしまう「おはなし」を否定してしまうことは、混同されてはならない。地方の問題と一括りにされてしまう「おはなし」が登場し、「東京」と対比されて相互に反発し合うのは、「東京」だけが日本の中で特殊すぎて浮いているからなのだけれど、より深いレベルでは、その「おはなし」の根本が共有されていないことへの苛立ちがあるのだと思う。

だが、その「共有のされなさ=自分たちのことだけが無視されている感覚」は、実は東京一極集中による抑圧から生じているのではない。消費のシステムが文化産業にまで広く浸透し、健康で文化的な最低限度の生活の最低価格が上がってしまったことと、経済環境の不安定さに起因する「凡庸なおはなし」のプレミア化が進んだことが原因なのだ。要するに、東京がいかに特殊だとしても、それとは違う「当たり前の現実」を生きることが可能だった時代が終わり、安定雇用とカネを手にした人間でなければ「普通の地方の人」イメージのライフスタイルを享受できなくなったということだ。地元回帰志向の高まりは、社会科学的には経済の問題として説明できるが、それと随伴する形で「東京の人が語らない自分たちの当たり前」を守りたいという欲望の波が寄せて帰しているのだと思う。

だからこそ、その「守りたい」気持ちを、柳田よろしくナショナリズムにまで昇華し、地域の中で人々が支え合う社会を目指そうという話が出てくる。第三の道と呼ぼうが新しい保守と呼ぼうが構わないが、そこで大事なのは、「それぞれの地域の個性を活かす」という「共通フォーマット」があった上で「地域性」が構築されようとしているということだ。分離主義や地域間競争が推奨されているのではない。みな等しく「日本の地方」として頑張ってください、という話なのだ。

こうした政策がおそらく壁に突き当たるだろうなと思うのは、東京の人が上から目線で地方の現実や心情を無視していることが原因なのではなくて、まさにその「守るべき地方」が、郊外のイエに支えられる、ある種のナショナリズムと随伴した「おはなし」だからだ。そこでは、人種や言語の異なる人々のコミュニティや、セクシャルマイノリティのような人々が「地元」の列に並ぶことが目指されていない。クリエイティブ・シティの試みにせよ、海外の怪しい格好をしたアーティストではなく、地元の商店街のシャッターに絵を描いてくれる心優しい日本の中産階級の若者が求められている。創作活動は、地域振興の名の下に若者を馴化する。それに馴染めない人が「不良債権」として東京に追い出され、その中の一握りの人が成功にあずかる。

「地方の問題」を解決しようとすることは、ある意味で、この構造と、それを支える「おはなし」に手をつけることでもある。それは明確で論理的なものでなく、否定的にしか語れない、「お前は分かっていない、何が分かってないかは説明できないけど」というぼんやりとした反発を生み、なぜ通らないのかが誰にも分からないまま、未来の可能性からある解決策が排除されていく。誰もが希望を求めている。希望は、「見たくない現実」を見ないためにも用いられることがある。それでも希望がなければ、その「おはなし」以上の「希望」は、出ては来ないのだろうなと思う。

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見田 宗介
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