8月のいただきもの

今月は刺激になる本をいろいろといただきました。お送りいただいたみなさまありがとうございます。

「情報社会」とは何か? 〈メディア〉論への前哨
大黒岳彦
エヌティティ出版
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「とは何か」本のパターンには、いわゆるスタンダードな学説史から書き起こしていくものと、そもそも、その対象をその角度で原理論的に問うたものはなかったでしょうというものがあると思うのだけど、こちらは後者の本。情報社会を巡って、テレビ体験やメディアの意味を、ある意味では散漫な、逆に言えば自由な思索を通じて描いた本書は、読み方で言えば例えばバウマンなんかと同じく、その記述の中から「ハマる」部分を見つけ出せるかどうかが大事になるのだと思う。情報社会論のある種の「若さ」が前提になったところに偏っているときの解毒剤として。

ミドルクラスを問いなおす~格差社会の盲点 (生活人新書)
渋谷 望
日本放送出版協会
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渋谷さんの論考にはいつもなんらかのヒントを読み取ることができるのだけど、今回も「都市」や「住宅」を巡る議論の中に、いま自分がちょうど考えているテーマに近い部分を発見して、シンクロニシティを感じた。ただ、「日本人の心性」や「資本の力」が説明変数として用いられた議論をどう読めばいいのだ、という思いはやはりある。同じロジックと材料を使って、それらを被説明変数にした――つまり既存の左翼的な語りを解体した――文章は書けるはずなのだ。そんなわけで、各論ツッコミどころ満載だけど総論はたぶんそんなに違わないみたいな感想を持ったのだった。

『PLANETS Vol.7』

ゲーム特集は、いかにもゲームの分かる人向けの密度の高いもの。特にFFDQクロスレビューでFF8が叩かれまくってたあたりに、シリーズランキングが「8>2>X-2」だったりする典型的な「分かってない人」である僕とは相容れないものを感じたのだった。というか昨年、ダウンロード販売を始めた7をPSPでプレイしたのだけど、どこをとってもその「よさ」がいまだに分からない。困った困った。

巻末の対談三連発では、編集長としての宇野君のこだわりがよく分かる。たとえばサンデルの議論に対する目線とか、僕とは意見が違うけれど、なるほどそこに目をつけるかって感じ。いつも思うのだけど、いい雑誌の発行人は、決して「分かっている人」でも「物わかりのいい人」であってもいけない。その人の出ているページだけは読まないっていう読者を獲得して初めて媒体としての個性を確立したと言えるし、読み飛ばされるページを作る自己顕示欲がなければ作っている意味がない。僕が若い頃には、ぎりぎりそんなウザい作りの本や雑誌があったと思うのだけど、悪い意味で商業化されてしまった一部の紙媒体に足りないのはこういう姿勢かなと思ったり。

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)
古市 憲寿 本田 由紀
光文社 (2010-08-17)
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一読して思わずTwitterでお勧めしてしまった(2冊売れた)20代の若手のデビュー作。モテるだろうな、と思う。書かれていることの内容や、軽妙な文体のことではない。強いて言うなら「解説と反論」で本田由紀が述べている「自然な感じ」だ。何かに強く飢えているわけでもなく、さりとて意志がないわけでもない。音楽で言うなら古いけどスーパーカー。定位がどこにあるのか分からないのに、しっかりと音が響いてくる。

内容的には最近流行りの再帰的近代化論を用いつつ、その中で不断の自己への問いに囚われた若者たちがどのようなパターンで行動し、そして変化するかというひとつのサイクルを描いた本だと言える。ピースボートという事例がどのくらい(科学的に)一般化できるのかとか、そのサイクルの出口に対する「あきらめ」という処方箋の妥当性とか、普通の人だったら聞きたくなるような部分については、あまり気にならなかった。というか関心を惹かれなかった。

どんな時代にも、信じられるウソと、信用されない真実がある。洗練された手法こそが前者と後者をより分けると信じている人は、かつてP.L.バーガーが書いたように、ほんとうに面白い社会の見方を見失っている。あるウソが信じられ、ある真実がウソだと思われているそのズレの中に切り込んでいったとき、その中に身を置いた研究者自身が描く社会こそが、社会学的に意味のある社会観である。それはあるときにはイタリア系移民のコミュニティであり、あるときにはニューメディアを使いこなす若者たちだった。その社会観を手に入れられた人は、強い。久し振りに「おっしゃキタ!」と思えた一冊だった。

届いたのが今日だったので簡単に。本書で論じられているのは、グローバル化する日本文化のうち、アニメなどのオタク系ポップカルチャーをめぐる状況であり、内外の研究者による現状認識だ。そこでは、東さんや宮台さんのような、何派と言っていいのか分からない(たぶん派閥ですらない)人たちによる、一方で国内のカルチュラル・スタディーズへの、他方で海外のアニメ研究へのリアクションが主題化され、またそれぞれが再帰的に自らの視点を相対化しつつ語るので、議論が入れ子構造になってとても複雑に見えている。各々の領域で語られる言語の意味が分からない人には、そもそも何が問題になっているかすら分からないかもしれない。

しかし、文化のグローバリゼーションに関する研究を参照すれば、その図式の構造(内容ではなく!)はある程度クリアになる。たとえば「アメリカの黒人文化」は、日本のオタク文化がメジャーになるずっとずっと前から、アイデンティティの問題、商業化の問題、文化の本質の問題に悩んできた。イギリスの白人であるエリック・クラプトンが奏でるのは果たしてブルースなのか、宇宙服のような衣装で踊るアース・ウインド・アンド・ファイヤーは黒人音楽の代表者なのか、黒人向けヒップホップ雑誌でエミネムの特集を組んでいいのかどうか。悩みすぎてもうどうでもよくなっちゃってる人たちもいるけど、少なくともそこで語られたことは、議論の構造を理解する上で役立つんじゃないかと思った。いずれにせよ、グローバル文化について考えるための、とても良質な素材。

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