365分の1の例外

人生には、いくつものターニングポイントや、特別な瞬間という奴がある。点と線の話じゃないけど、そうした人生の分岐点は、傍から見て分かるほど単純なものじゃない。転職や、恋愛や、その他振り返ってみればなんであんなことしたんだろうって出来事の数々も、よくよく考えてみたらそのことを誰かに相談したときだとか、そういうところで分岐してたりする。ああ、あのときが始まりだったのだ、と。

もちろんすべての出来事は現在進行形でしかなく、こちらが終わったと思っていても相手にとっては慕情や煩悶や怨嗟の積み重なる日々でしかないことは往々にしてある。というより誰かと関わりながら続く人生は、そうやって誰かの心に現在進行形のイベントを起こし、誰もが終わったと思っている出来事をうじうじと引きずるすれ違いの集積でしかない。

もう十何年になるか、毎年大晦日には、「七味五悦三会」というフォーマットで一年を振り返ることにしている。大晦日の除夜の鐘が鳴っている間に、その年に食べた美味しい料理を七つ、楽しかった出来事を五つ、会えて良かった人を三人挙げることができたら、その年はいい年だったねと言って暮れるという江戸の風習。もともと作るのは好きでも食べることにはそんなにこだわりはないし、楽しいことがあればいずれ来る終わりのことを考えてしまう僕にとって、それは決して楽な作業ではないのだけど、自分にとってはそれは「いいこと探し」というよりは、正しく一年を終えるための儀式だったりする。

今年はたぶん、同業者に比べても、碌なことをしてこなかったという気がする。焦燥感はあったし、世のため人のためになることをしようという意欲もあったけれど、こういうところで地力という奴が出る。ゼロじゃないならそれは意味のあることだ、という考え方もあるけれど、1じゃなければすべて無意味だという場合もある。少なくともゼロじゃなかったことを誇るなよ、とは思ってる。

そんな中で、ひとつだけ自分の心に残ったのは、仙台のシンポジウムで喋った「時間」の話。僕たちは、前近代のような円環する時間の中ではなく、過去から未来へと続く直線の時間を生きている。そのことが、過去を反省して、前よりもましになった未来を築くってことを可能にした反面、何のために、いつまで頑張ればいいのかを決められないで、「もうこれ以上は無理」と思っててもさらなる努力を要求される社会を基礎づけている。

ということに思い至ったのは、『SQ』を出さなければ書き上げられているはずだった本のために、アンリ・ルフェーブルの初期の論考を読み返していたときだ。社会学的にいえば、そこでは円環する時間というものが、つまり春がきて芽吹き、夏がきて緑が広がり、秋を経て冬になっても、また必ず春はくるという感覚が、どれほどまでに存在論的安心の足場になっていたのかということを実感する。もちろん飢饉だって起きたし、人類は生産性向上のための努力を惜しまなかった。ただその背後には、人の一生よりも大きな時間の中で、自分たちが生きさせられているという認識があったわけだ。

ある種のナチュラリストたちがいうように、僕らがその感覚を取り戻すべきだとは僕は思わないし、自然の感覚を取り戻すことではなく、直線の時間が可能にする科学的なアプローチでもって解決が望まれる課題の方が、この社会の大部分を占めるに決まってる。けれども、たった一日だけその前提に例外を設けるとすれば、それはやっぱり一年の終わりなんじゃないだろうか。

本当なら循環していて、どこで区切るでもないものを、ある直線ないし平面に落としこんで「最果て」を造るという点で、カレンダーと世界地図はよく似ている。けれど、それは「果てのないもの」を僕らが認識するために、絶対に必要な手続きなのだと思う。どこかにスタートがあって、ゴールがあるということを、「あるはずだ」ではなく、「あるもの」として確認すること。それゆえにまた、昨日と同じでしかない一日を、後ろと同じように前に広がる海洋を、僕らは「はじまり」と呼べるのだ。

正しく年を終えるというのは、去年と何も変わらない、ちっとも成長しない、やめようと思ったのにやめられない、これで最後だっていったのにいまだに引きずってしまう自分を折りたたんで区切ることなのだと思う。年が変わったくらいじゃ、カレンダーを架け替える以外に変わることなんてないだろう。問題は山積みだし、それに向き合おうともせずにぐずぐずと言い訳をして現状に甘んじる自分もそのままだろう。だからこそ、現在進行形かもしれない出来事を振り返って、あるフォーマットの中で「特別な瞬間」として意味づけることが大事なのだ。

よいお年を。来年もまたどこかで。

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