中西寛『国際政治とは何か』における偽善と独善の論理

国際政治を考える際に、中西寛はその著書の中で、バーナード・ショウの喜劇に対して、近衛文麿や和辻哲郎が、欧米先進国の偽善性を見抜いていたというエピソードから議論を始めている。確かに当時の英米は、国際政治に関して高遠な理想を掲げながら、その実自国の利害のために動いていたわけで、そこに「二枚舌」の性格を見出すことは難しくなかった。だが、と中西は述べる。そうした英米の偽善に対して日本がとったのは、いわば「独善的」な立場であったと。

それはたとえば満州事変の後、リットン調査団の報告に対して松岡洋右が行った演説に現れていたと中西は言う。

日本は東アジアと世界の平和の理念を強く信じているが、中国は法を守ろうとせず、日本の理念も理解しようとしない。しかるに満州は日本にとって死活的に重要である。したがって日本はまさにやむをえない事情から満州国建国に動いたのであって、それのみが満州に法と秩序を与え、日本の利益を守ることを可能にするのである。同じようなことは英米もそれぞれやっているではないか、日本だけが非難されるいわれはない、というのが松岡の言うところであった。その論理は一見、協力に見える。(中略)しかし少し深く考えれば、この論理には明らかな無理があることがわかる。それは、日本が東アジアにおける法と秩序を希求し、それが守られないのは中国政府のせいだと言いながら、日本自身の満州権益については法的根拠を引照しなかったことに示されている。実際には日本の満州での権益は日露戦争以降日中間で結ばれた条約、取極に基づいたものであり、(中略)法的に満州が中国の主権を離れたことは一度もなく、日本が中国と結んだ条約は、そのことを確認していたのである。それゆえ松岡の声明は、日本がかつてとってきた法的立場を、日本の満州に対する必要という、いわば日本の自己都合を理由に力によって反故にすることを示唆していた。少なくともそう受け取られても仕方のない声明であった。(中西『国際政治とは何か』9-10ページ)

要するに偽善と独善であれば、人は次善の策として偽善の方を選ぶ、なぜなら偽善者は少なくとも善の基準を他者と共有できるが、独善的な態度は、自分にしか意味のない善を振りかざすからだ。そして中西は、戦後、というか冷戦後の日本についても、同じような問題が見いだせると述べる。たとえば湾岸危機のような国際秩序維持に対して、平和憲法を掲げながらも邦人の解放にのみ際だった関心を寄せたり、自由貿易の原則を掲げながら自国の利益追求のために関税障壁をもうけるアメリカの偽善を非難する一方で、自国の農産物については市場開放を避けるといった具合に。

こうした対外行動のパターンは、日本が軍事力を対外的に行使してこなかった戦後においても、完全には信用できない国であるというイメージを継続させてきた。日本は普段はおとなしいが、いったん暴れ出すと何をするかわからない国、自己中心的な国、というイメージは、戦前から戦後にかけて驚くほど変化していない。(中西前掲書、17ページ)

もちろん国内事情もあるし、それなりに言い分があるという事例もあろう。だが中西が強調しているのは、現在の国際政治におけるスタンダードは、教科書的にはホッブズ的伝統・カント的伝統・グロティウス的伝統とか、現実主義・自由主義・グローバリズムなどと言われる、この本の言葉では「主権国家体制」「国際共同体」「世界市民主義」という三つの考え方の相克、つまりトリレンマを前提としながら、それぞれの妥協をはかるという立場をとるものだということだ。日本の外交が独善的だと見られてしまうのは、真に日本が独善的だからではなく、このトリレンマに無自覚だから、というわけだ。

なるほどそのように考えると、こうしたくい違いは現実の人間関係や交渉ごとでもよく目にする。僕もいい歳なので、ぶっちゃけた現実を暴露して開き直る人よりは、現実と理想との妥協点を探りながら、それをどう相手と共有すべきかについて言葉を尽くす人の方が、ビジネスパートナーとして信用できるなと感じる。とはいえときどきはブチ切れて(でも弱気なので控えめに)「あなたと仕事してもメリットないので降ります」くらいのことは言うこともある。ただそれは、本当にもう相手と関係を継続する意志がないという覚悟の上であって、後から自分が間違っていたところもあったと後悔しても遅いということがよくあって、結局はなんとか妥協しようとしている。

こちらの思い通りにならない相手を前に、不快さを堪えながら大人の態度を取るのは難しい。でもだからこそ、大人は尊重されるんじゃないだろうか、とも思うわけだ。

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