科学の記憶

2012年の夏に東京で見た時には、Life明けの朦朧とした頭で本当に短い時間しかいられなかったので、また機会があれば是非見たいと思っていた「館長 庵野秀明 特撮博物館」が、名古屋市科学館で開催されるという。居ても立ってもいられなず、どうにか都合をつけて、数年ぶりに純粋に自分のためだけに遠出することに。名古屋もちょこちょこ行ってはいるものの、時間がなくて散策とかしたことなかったので、ただ歩くというだけで新鮮な体験だった。

実際に行ってみると、科学館じたいも体験展示が多く、整理券配布の時間を考えるとそこまでのんびり見て回れるわけでもないなと思いながら、まずは特撮博物館へ。二回目ということもあって興味のあるところだけを丁寧に見る感じだったのだけど、展示全体としては東京よりいい雰囲気だったと思う。「特撮の技術と美術」が展示されていた東京に比べ、地下の会場(重要!)で薄暗い照明の中に展示されるスーパーメカやヒーローのマスクは、もう怪しさ満点。そして平日の昼間からそれらをまじまじと見つめる中高年男性たち、という悲哀もあいまって、展覧会の本来の意義が伝わるような気がした。

実際、撮影が可能だったヂオラマの展示なんかを見ても、戦争の破壊の記憶があってこその「高度成長した日本の大都市が怪獣によって破壊される」という描写だったわけだけれど、2014年の日本で「日常のオブジェクトが破壊という表現の中に用いられる」ことの意味はまったく異なる。現実を抽象化して表現が生まれるのではなく、実際に起きた破壊のミニチュア表現という意味合いが拭えない。よくよく見ると破壊された日本の都市とは、看板やパソコンなどを見る限り、90年代後半の日本なのだけど。

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こうして見てみると、日常の風景に非日常が入り込んでくるという出来事は、別に珍しいものでもなんでもないことが分かる。今年何度か言及してきた「現実の虚構化」ではなく、「虚構の現実化」という意味での。どんなに醜悪でも「フィクションの中の出来事」だと思っていたことが、コスプレのようなノリで現実の中に侵食してくる。そういう時代に、フィクションとしてフィクションを見せるためには、それが高度な技術によって支えられていたことを示すことが大事だ。

というわけで、名古屋版の展示でもっとも嬉しかったのは、「巨神兵東京に現わる」とそのメイキングを、ゆったりとした座席で、大スクリーンの会場で鑑賞できたことだ。もうメイキングでは自然と涙がでるくらい感動して、もう一周見たいと思ったくらい。会場に来ていた若い子たちも、鑑賞後に「自分たちでも創りたい」と口々にこぼしていた。

そんなわけで展示に満足したあと、科学館を回ってみる。名物のプラネタリウムは最終回だったのだけれど、あまりおもしろくなかったので割愛。それよりも興味深かったのは、いくつかの体験展示のほうだ。

全体としては、なんというか面積に対する予算の無駄遣いみたいな展示もあったと思うのだけど、竜巻を発生させたりマイナス30度の世界を体験できたりといった展示は、科学的な現象を理解したいという動機を子どもたちに与えるのにとても重要だし、それこそ教室や理科室では提供できないものなので、公共施設で用意するのが望ましいと思う。でも一番楽しかったのは、そんなことと関係なく、空気中の放電現象を人為的に再現する「放電ラボ」の体験展示だ。

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なんというか、セットから何から「特撮」そのまんまなのだ。ラボの壁面は秘密基地だし、怪しい(失礼!)先生が出てきて解説し、静電気の実験から始まって、高圧電流による放電の観察と続くのだけど、どう考えてもこんな馬鹿でかい装置で雷を起こす必要なんてない。放電用のポールが動作する様は昭和の子どもしかわくわくしないんじゃないかとすら思う。何より音だ。「ビビビビビビビ!」という電子が空気を切り裂く音が、なんか安っぽいビーム音みたい。いや、というかビームが「ビーン!」と音を立てて(光のはずなのに目視できる速度で)飛んでいくという描写も、一応は根拠のあるものだったのだろうか。

科学的知見とは別に「何が科学的か」に対するイメージは、時代とともに変化する。そして、そのイメージは変化しても人の中に残り続ける。問題は、それを過去のものとして更新し続けるのか、一定の歴史的意義を認めて残しておくのかということだ。科学史という分野が後者の立場で研究しているのだろうけど、科学の中のイメージではなく、社会にとっての科学の記憶が生み出したものについて考えてみたい、そんな気持ちにさせられた。

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