ローカルという大きな釣り針

社会学の研究をしていると、たまに「単純に見える出来事も、実態は多様なんです」という何の意味があるのか分からない指摘をするものに出くわすことがある。研究として重要なのは、その多様な現実をいまある見方とは別の見方で切り直すことであって、多様なものを多様なんですと説明するだけでは、なすべき仕事の半分もできていないだろうと思うのだけど。

でも、単純過ぎるものの見方を一度相対化してみることは割と大事だ。二分法でものごとを切って「あれか、これか」と選択を迫られると、その乱暴さゆえに「あれかこれかに賛成か、反対か」くらいの二分法で話が進んでしまうことがよくある。昨年から話題になっている「G型・L型大学」なんていうのがその典型だ。

この件、今売りの『週刊東洋経済』が特集を組んでいて、ウェブ版では提案者の冨山さんのインタビューが出ていることもあって、また「炎上」が再燃しそうな気配。けど、よくよく読んでみると、この話もそれほど単純でないことが分かる。冒頭の記事から、実はG型L型の区分はほぼ無視される形で実務の議論が進んでいて、重要なのは専門学校の職業教育化の方だと書かれている。要するに大学をどうするかという議論は、いまのところ提案されたような形では進んでいない(ただし、国公立大学に対する「実学」へのシフト圧力が、補助金や研究費の配分という形で出始めているのも確かなのだが)。

さらに、城繁幸さん、本田由紀さんらが登場する識者インタビューでも、それぞれの議論は歯切れが悪い。城さんは「総論賛成、各論では要注意」という感じだし、本田さんも「各論では賛成だが総論では反対」という風に読める。極論ゆえに全面賛成しづらいというところだろうが、特集を全体として読む限りは、実務の話に扱いのめんどくさい極論を挟む人が出てきて、話題になっちゃったもんだから話をしないといけないんだけど、正直そんなこと言われても困るよ感が漂っている。

さて、実はこの件に関しては、僕もこの特集のための取材を受けていた。誌面ではボツにされたようなのだけど、そもそもビジネス誌から取材を受けることなんて年に一回あるかないかなので、まあ別にいいんじゃないって感じ。内容としては、この件を僕が担当している「グローバル化の社会学」の講義で扱ったことを聞きつけて、学生たちの反応を聞かせてくれというものだった。

というわけで僕からは、それが「関学は今後グローバル人材の育成とローカル人材の育成、どちらに力を入れるべきか」という論点でディスカッションをさせたことを紹介し、大学経営上はグローバル人材の育成に力を入れるほかないとか、学生の実際の志向を見ればローカル人材ばかりという意見が出たことをお話した。最終的には、ローカルに活動するにしてもグローバルに思考できることが重要なのだから、「Think Global, Act Local」なローカル・トップの大学を目指すべきという、すごく社会学部らしい答えに落ち着いたのだけど、内容的にはとても充実したものだったと思う。たぶん特集の中には入れる余地がなかったのだろう。

ところで、講義で扱うからには議論をするための前提となるエビデンスが必要だ。面白いことにこの議論、大学の現状にしても地域の雇用にしても、客観的な論拠がひとつも出てこない。いやだからこそいろんな識者が自分の知っている知見や従来の持論を重ねあわせて好き勝手なことが言えるのだけど、具体的な政策に落としこむために必須のはずの、どういう地域のどういう規模の大学がL型に向いているかとか、またそもそも大学の教育がどのくらいの企業にとって形骸化していて意味のないものだと思われているのかという話は、ウェブの議論を見る限り皆無だ。

たぶん「L」という字面の釣り針が大きすぎるのだろうと思う。講義では、(1)「学校基本調査」によると、大学進学者は2010年をピークに頭打ちになっており、専門学校への進学率が上昇していること(最新の調査では大学進学率は若干増加した)、(2)2014年10月15日付朝日新聞ウェブ版によると、進学率の地域間格差が拡大しており、1位の東京と最下位の鹿児島では2倍以上の開きがあること、(3)大学の学費は、過去40年の間に国立大学で14倍になったこと、(4)2018年以降、横ばいだった18歳人口が減少を始めること、といったデータを示し、事前に読み込んだ上で議論に参加する反転授業の形式をとったのだけど、先に挙げたような意見が出たのも、そうした背景によるものだと思う。

その他のデータから考えてみるとどうだろう。国土交通省の『国土のグランドデザイン2050』に興味深いデータが出ている。「サービス施設の立地する確率が50%および80%となる自治体の人口規模」と題されたそのデータによると、大学が存在する確率は、125000人で50%、175000人で80%だという。仮に中央値をとって15万人規模とすれば、首都圏を含めた市区町村の上位180程度となるらしい。近接効果はあるものの、逆に言えばそれ以下の自治体で大学が存続するのは、今後はよりいっそう困難になる。

2015-01-26

雇用についてエビデンスを挙げる余裕がないので割愛するけど、おそらく冨山氏の「ローカル経済圏には雇用が十分にあるのだから、L型大学を作って職業教育を行うべし」という議論が成り立つのは、「ローカル」という言葉で連想されるような非都市部ではなく、東京圏以外の地域の中規模〜中核都市クラスの話だと考えられる。確かに勤め先の学生には、できれば生まれ育った近畿圏から離れることなく生活していきたいというローカル志向の学生が目立つように思うけど、それは「望めば地元に就職がある」という恵まれた前提の上での願望であるわけだ。

ということは、いわゆる「地方」というか、非大都市圏、非都市部においては、実務的な職業教育を行ったとしてもそれに見合う雇用があるかどうかは不透明だ。場合によっては、そうした実務的なスキルを身につけてしまったがために地元には職がなく、若者のさらなる都市部への流出を招く要因になるかもしれない。またその地域も、ある地域は観光、ある地域は農産物と多様な産業構造を持っているため、地域で働くための専門性が、専門学校レベルのものから大学院での研究レベルのものまで幅広く想定される。ともあれ共通しているのは、地域だけで自立した再生産の循環を回すことが困難である以上、どこか「外」との取引がなければ自活することが難しいという点だ。

そうすると、おそらく大学存続規模以下の地域において高等教育を考える際には、その地域が海外展開も含めた「外」との交流を必要とする可能性が高いことを無視できない。はっきり言えば、こうした地域においてこそ「G型」と呼ばれるような高等教育機関がない限り未来はない。

実際、近年のグローバル化研究においては、グローバル展開という時に想起されるような、世界的な大企業の地球規模での商品、サービス展開を扱うことはまれで、そうした企業がどのような現地化戦略をとっているか、ローカル企業があるリージョンでどのような事業ネットワークを築いているかといった「世界の中の点と点」のつながりに注目するようになっている。「World is Spiky」にならって僕はそれを「世界の極点化」と呼んでいるけど、こういう環境下では、地域の資源の絶対量ではなく、地域が自律的に経済活動を行うための、外国を含む他地域とのネットワークを持っていることが重要になるのだ。

本来ならこの議論、大学の話としてまじめに取り扱うなら、大学教育そのものについてのエビデンスに基づいた話がなされなければどうしようもないと思う。きっと碌なものがないのでみんな印象論で話をするわけだけど、そういうものを扱わなくても、地域という面からも語れることはある。それをどう評価するかまで、議論は蓄積されていないようだけども。

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