社会のことばとレスポンス

昨日は、大阪で富永京子先生の出版記念トークイベント。テーマも研究対象も専門外なので、司会に徹してお行儀よく。そのうち記事化されるという話もあるようなので、うまくプロモーションにつながるとよいのだけど。

で、専門外とはいいつつ気になるところもあって、それは特に現代の「若者」が抗議活動などにおいて用いるサブカルチャー的な手法。例えば「コール・アンド・レスポンスによる一体化」や「ラップ」。ヒップホップはそもそも身体的な文化なので、アジテーションだけ真似してもオーディエンスがついてこなかったら意味がない。その点できっと、こうした身体技法が抗議の場で何らかのグルーブを生むくらいには、日本のヒップホップという文化は成熟したのだろう。

現場にいなかった人間として思うのは、では、その「ラップ的表現」は、どの程度まで表現として洗練されていたのか、ということだ。文化的表現であるならばそこには、場の文脈や目的を離れて、表現としての良し悪し/好き嫌いを評価することができるだろうと思う。いわゆる「プロ」のラッパーが現場でアジテーションやスピーチを担当したことも知っているし動画も見たけれど、それがヒップホップであったために、あるいはヒップホップでなければならない、そうした表現の必然性を感じることは、あまりなかった。

とても意地悪な見方をすれば、「ラップによるアジテーションは、これまでの社会運動の手法と比較しておしゃれだよね」という話と、「デモの現場のラップって、現代のラップ表現としてはダサいよね」という話は両立する。「おしゃれ/ダサい」というコードに問題があるなら「アツい/ヌルい」とか「好き/嫌い」でもいい。観察というよりは評価の話だから、学術的な文脈に乗るものではないだろうけれど。

僕にとってアジテーションの原風景に相当するのは、アメリカ南部の教会でゴスペルが歌われるときのコール・アンド・レスポンスであったり、レイ・チャールズが演奏の合間に挟む煽りだったりする。ヒップホップに限らず、黒人音楽からロックンロールが誕生するまでの過程において牧師やアーティストたちは、その独特の身体性をもって人々を熱狂させてきた。いわゆる「反知性主義」の根底を支えたようなもののひとつだ。

僕自身、そうした身体性に対する憧れは強い。昔とある番組で見たヒップホップのルーツのひとつに、教会での黒人たちのスピーチがあって、確か60年代だったと思うのだけど、黒人の男性が「君が彼氏に殴られているときにも、君たちはそのことを当たり前だなんて思う必要はないんだ」とアジテーションしているのを見て、衝撃を受けた覚えがある。いまでも(僕の授業に出た人は知っていると思うけれど)僕はときおり、授業の中に明確にアジテーションを持ち込んでいる。

ヒップホップ的でなければならない、そうした表現の必然性とは、要するにフロウや踏韻、コール・アンド・レスポンスなどの形式に依存するのではなく、「その方がより言いたいことを言った気持ちになれる」かどうかというところにあるのだと思う。僕のアジテーションは韻も踏まないしレスポンスも要求しないけれど、そのフロウや緩急のつけ方は、間違いなくヒップホップだと自認している。

政治のことを、社会のことを、要するに自己責任に還元できないことを語るときに、身体性が上滑りすることには、きっと様々な理由がある。それこそ日本語の問題だったりするのかもしれないし、歴史的な背景もあるのかもしれない。だからこそ日本の政治的な言葉はすぐにキャッチコピーやスローガン的になったりするし、キュレーションメディアで言葉をばら撒いたほうが効果的に見えるし、匿名ダイアリーでウェブ的な言語に寄せた書き方をした方が政治的なインパクトを持ったりする。

だからといって社会を語る言葉に身体性を重ねていこうとすると、それは当たり前のように集団的熱狂になり、制御不能になるリスクを抱え込む。僕がこだわっているのは、洗練された身体性をもった人々が何の説明もなくコールにレスポンスできるような表現ではなく、言葉を発すること、身体を動かすことに抵抗感があったり制約を抱えていたりする人々が、それでも何かの衝動で自身を表現するときに滲み出るような、やむにやまれない身体性の有無なのだと思う。だからこそ「表現の洗練度」や「工夫をこらした一体感の醸成」という手法としての評価とは別に、「それは表現としてはどうだったの」ということが強く関心を引く。

千葉雅也さんの言葉を借りれば、「享楽的な言葉」ではなく、「享楽的な身体表現」ということになるのだろう、こうしたやむにやまれぬ表現を、たぶん僕自身がずっと探している。社会を語る新しい言葉の中に、そうした身体性が畳み込まれつつあるのなら、とてもわくわくするのだけれど、と、そんなことを考えていたのだった。(転載)

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