文系のゼミでSlackを導入した話

この話の趣旨はタイトルの通りで、本来ならSlackの利用者としては傍流の「私立文系大学のゼミの学生」に、Slackを利用させるために悪戦苦闘した(している)話について紹介するというものだ。読み手として想定しているのは、同僚や似たような環境で教えている教員だけでなく、技術者以外の社員にSlack(その他のグループウェア)を導入、運用している管理者やマネージャー、そのようなソリューションを提案している事業者を考えている。そのため、「要件定義」に関わる前置きが長くなるけれど、具体的なノウハウよりも「未知のツールを利用してもらうためには?」という観点からのひとつの取り組み例として読んでもらえたらと思う。また、Slackそのものの解説については、ウェブ上にあまたある記事の方にお任せしておきたい(たとえばこちらの記事)。

1. 現状と課題

そもそも、なぜゼミでグループウェアを導入する必要があったのか。直接のきっかけは、16年度から始まった学部の新カリキュラムにおいて、「2年生の秋学期(後期)からゼミに所属する」となったことだ。1学年700名近い学生が在籍するマンモス学部では、1学年のゼミの人数は20名強。卒論や3年生の年度締めの課題と並行して2年生のゼミを開講すると、総勢60名前後のゼミを運営するということになる。一人ひとりに指導を行うには、時間が足りないことは明らかだった。

ただそれはあくまできっかけであって、より長いスパンで感じていた課題もあった。具体的には「学生のソーシャルメディア離れ」と「流動性の増大」と「囲い込みの進行」だ。別の記事でも何度か触れたことがあるのだけど、要するに学生たちがソーシャルメディアで広く人と付き合うのではなく、LINEで知り合いとコミュニケーションするか、TwitterをROMするのみで発信を行わなくなった。また「大学しか居場所がない」学生が減少する一方、連絡がつかなかったり近況が分からなかったりするケースが目立つようになった。両者は関連していて、つまりは「ウェブでもリアルでも何をしているのか見えづらい学生が増えた」ということなのだ。

それに対するリアクションとして、サークルでもバイトでも授業でも、「リアルの場へ人を囲い込む」動きが顕著になっている。具体的には「欠席を絶対に認めないゼミ」や「シフトだけでなく懇親会への参加を強要するバイト」「深夜まで練習を続けるサークル」のような、「自分たちとの関わりを最優先にしろ」という圧力が高まったのだ。これは結果的に学生たちにとって「絶対に外せない予定」が増えることを意味し、グループミーティングの予定が調整できなかったり、あちこちに謝り倒してゼミに来るといった事態を引き起こすことになる。当然のように、バイトやサークルなど、既に「軸」となる居場所を手に入れている学生にとっては、それ以外の関わりは最小限であるか、容易に調整のつく優先度のものとして捉えられるようになってしまう。

以上はあくまで主観的に感じていた課題ではある。とはいえ、その背景には「文系のゼミ」ならではの文化もある。理系の研究室とは異なり、実験設備やラボがあるわけでもなく、また人数も多い傾向にある文系のゼミは、どうしても「指定された授業のコマだけ出席すればいいもの」となってしまいがちだ。逆に出席に厳しかったり、ゼミ外の活動を増やす要因となる課題が多かったりすると「ブラックゼミ」と呼ばれ、学生に避けられるものになってしまう。上記のような傾向は、結果的にゼミというものの流動性を高める効果を持つだろう。

ところが、自分の運営するゼミはそうした傾向に反して、正課の授業外の取り組みが多めで、かつその運営においても「先輩が後輩を支援する」という性格が強い。そういうゼミが成り立った経緯には色々あるのだけど、現在ではオープンキャンパスのイベント運営や企業訪問を行ってのプレゼン、ワークショップなど、学外の方に対して責任の発生する取り組みもあるので、教員の意志だけで投げ出してしまうことが難しい状況にある。つまり、流動性が高まろうとゼミの人数が増えようと、現状の運用を続けることが求められていた。

特に重要だったのが、学生たちのロイヤリティというか、自発的にゼミに関わる意志を涵養することだ。というのも2学年体制だった頃から既に教員の指導リソースは不足しており、また開催されるゼミイベント(課題発表やレクリエーションなど)の規模は巨大化していた。そうしたイベントの運営にあたって、学年が上の学生が下の学生のサポートをしたりアドバイスをしたりする環境は必須のものだった。これまでは、そうしたイベントで「お世話になる」という経験が、上級生になった際に「自分たちも支援する側に回らなければ」という意欲を生むことに繋がる部分も多かったのだが、規模が大きくなるとそれだけ「お客さん気分」で参加したり、「いないものとして扱って欲しい」という透明人間が発生したりするリスクが増す。

また、自分のポリシーではあるのだけど、「出席を厳しくする」といった形でゼミを運用することは避けたかった。義務を果たせば結果は伴わなくてよいという姿勢の学生を増やす可能性があり、また行動経済学の成果が示すように、強権的な運用の集団でクリエイティブなアイディアや自由な発想の発露を促すことは難しいと考えられたからだ。その他にも理由はあるのだけど、ここでの本筋からは外れるので割愛する。ともかく以上のような前提条件から導かれるソリューションが「ゼミ専用のオンラインコミュニケーションプラットフォームを利用して、リアルな対面状況では不足するゼミ内の交流機会を増やす」というものだった。

2. Slack選定の経緯

とはいえ、オンラインのプラットフォームを利用するのは、これまでも行っていたことだ。大学が用意しているシステムもあるし、ウェブでもスマホでも利用できるチャットサービスのようなものもたくさんある。ただそうしたサービスを運用する中で、どうしても「教員がお知らせを一方通行で投げるオフィシャルなツール」か「雑談やスタンプで大事な情報が流れがちなLINE」の両極端に偏ってしまったのも事実だ。導入したいのは、学生が自発的に、勉強や研究に関することを発言するような場所だった。

なぜ一方通行になるのか。原因として考えられたのは「そもそも見慣れないサイトやアプリを開く習慣がない」「論じるべきトピックが明確ではない」「真面目な話とくだけた話の間に壁がある」といったこと。要するにお硬い話ばかり流れていても、誰も見ようとはしないのだ。この問題を解消するためには、ひとつのアプリ/サービス内で複数の話題が並行して進むような仕組みが必要だと考えた。あるチャンネルでは雑談、あるチャンネルではお知らせ、あるチャンネルでは議論、と。

それで思い出したのが、自分がその昔バイトしていたIT企業でも「雑談用のML」というのが運用されていて、それが社内の風通しに一役買っていたということだ。そこで似たようなツールとして世界中で利用されているというSlackに目をつけ、それが複数のチャンネルで運用できることや、他サービスとの連携も充実しているということで、この9月に導入を決めたのだった。

特に重要だったのは、既にゼミのオンラインツールとして採用し、学生たちにも定着していたEvernoteとの連携が可能だったことだ。というのも、Evernoteはゼミの資料や企画案、書きかけの卒論の添削といった「ストックとしてのコミュニケーション」には向いているものの、ワークチャットがうまく使えなかったり、共有ノートブックの更新通知が送られなかったりといった利用上の課題を抱えていて、「いま更新したので見て欲しい」とか、ちょっとしたコメントのやりとり、Q&Aには不向きだったからだ。こうした「フローのコミュニケーション」を、LINEではなくSlackで行うことで、プライベートな話題と切り離された情報のやり取りが可能になるという点がもっとも魅力的だった。

またひとつのワークスペースで複数のチャンネルを運用できる点も重要だった。3学年のゼミをひとつのチャンネルで運用すると、相対的に「自分と関係のない話」が流れる頻度が増え、結果的に「ここは熱心に見なくてもいいもの」という評価ができあがってしまう。学年ごとのお知らせ、全体に関わるお知らせ、雑談といったチャンネルを用意しておくことで、「自分が必要なチャンネルにジョインする」という柔軟な運用ができると考えられたのだ。

3. 導入に当たっての課題

一方、導入にあたって課題や障壁があったのも確かだ。最大の問題は、Slackが「プログラムや解析などの個人作業をPCで行っている人が、自分の作業の合間に他者とやりとりをする」のに最適なツールになっていることだった。これは理系の研究室やIT企業なんかでは強みになるけれど、文系のゼミではそうもいかない。まずSlackにアクセスするのはPCではなくスマホであることが多く、そのスマホもバイト中などには見ることができない。頻繁な更新通知や重いデータの送受信は通信量を食うのでそもそも歓迎されない。つまりSlackの強みは、流動性が高く外での活動が多い文系のゼミ生にはおおむね弱みになってしまうのだ。

こうした弱みは、具体的には「アプリをそもそもスマホに入れてくれない」という形になって現れる。アプリを入れてくれない事情も様々で、これまでの運用でも、「スマホに空き容量がない」「そろそろ機種変」といったものから、「入れたけどあんまり見ないからすぐ消した」とか「お知らせなら人に聞けば教えてもらえるからわざわざスマホで見ない」といったものまであった。特に最後のやつは厄介で、教員からの一方通行の連絡であればLINEで友だちに知らせてもらえばいいやとなると、そもそも利用の動機づけが失われる。

Slack本来の「オンラインで何でも間に合ってしまう」という強みは、「リアルで対面すれば何でも間に合ってしまう」と考える文系のゼミ生にとっては負担でしかない。この段階で、Slackを導入するためには技術的な障壁ではなく、利用者の心理的な障壁を乗り越える必要があったのだった。

4. 実際の運用

4-1. プレオープン期間での試用

そこでまずは、プレオープン期間を設けて、学生たちにとっての利用のあり方を探ることにした。ITに強かったりゼミに対する関わりの多い層を中心にプレオープン期間に利用してもらい、そこから口コミで「こんなのがあって」「ここでアプリが取れて」「こうやって登録して」という形で徐々に利用を広げていった。マイルストーンになると考えられたのは秋学期の授業開始時だったので、そこまでに「教員以外にも積極的に利用している人がいる」状態を用意した。見込みとしては、各学年で3人はすぐにリアクションする人がいて、通知があればすぐに見るという状態に持っていけば、アーリーアダプター層が完成するという見通しでスタートした。

これまでのところ、利用頻度はそのくらいの割合で推移しているように思う。このように「学生が日常的にゼミのことを知る場所として利用している」「そこでいつも投稿している人がキーパーソンになってゼミの中で広い認知を得る」という流れが生み出されることで、学生たちにとってはSlackが「ゼミのお知らせアプリ」ではなく、「気をつけて見ておかないと話題に乗り遅れる場所」という意味を獲得することになるわけだ。

もうひとつ、試用期間中に明らかになったこととして「情報の適切な更新頻度」が挙げられる。「更新頻度」は「情報の重要度」との関係で最適解が決まるらしいということが、そこで発見された。最初は「1日1回は新しい情報がないと見なくなるのではないか」という懸念から、大学に関するいくつかのTwitterアカウントを連携させていたのだけれど、「不要な情報が頻繁に流れてくる」と不満が出たので早々に連携を解除した。やはり「読んで意味のある情報」が適切な頻度で投稿されることで、アプリを開かなければという動機が維持されるのだと思った。

また、適切な頻度がどのくらいかというのは一概には言えないことも分かった。学生たちにとっては「頻繁な通知でスマホのバッテリーを消耗する」のも「話の流れにリアルタイムで追いつくために通信量を食う」のも、ストレスフルな出来事になりうる。一方で、いつも定期的に何かの情報が流れてくるというのも味気なくて、たまにはすごく盛り上がる流れが欲しいときもある。このメリハリが自然に生まれるように設計していくことで、Slackに流れる情報への関心を高めることが分かったのだ。

4-2. フローの設計

ここからは現在、実際に行っている運用の話だ。まずはEvernoteを補完する形で用いられるフローのコミュニケーションについて。最初に行ったのは、「最近のニュースを投稿する専用のチャンネル」を開設することだ。かつてはTwitterやFacebookを学生が見ている前提で僕が色んなニュースを流していたのだけど、ソーシャルメディアで教員と繋がる学生が減った(使っていてもROMがほとんど)ということもあって、それならばとSlackに全面的に移行した。現在では、僕だけでなく複数の学生が、「気になったネットのニュース」を不定期に投稿している。ニュースチャンネルは社会問題に対する関心を高めるだけでなく、投稿者が現在どのようなトピックに関心を払っているかを示すことで、ゼミ内で個性が認知されるという副次効果ももたらした。

同じような効果をもたらしたものとして「貸出図書」についてのチャンネルがある。研究室の蔵書は学生に貸出をしているのだけど、この蔵書リストを一部オンライン化して公開した。それにともなって貸し借りの記録をSlackに投稿させるようにした。いわゆる「借りパク」が抑止できるかどうかは不明だが、「誰それがこんな本を借りた」という情報がゼミ内で共有されることで、書籍への興味を惹いたり、ゼミ生の関心が共有されるという、思わぬ効果が生じた。この「オンライン図書カード」は、上手に運用すればもう少し高い教育効果をもつのではないかと思っている。

それ以外で言うと、雑談のチャンネルや趣味のチャンネルなど、気安く投稿できる場所を用意した。ここでも特定の学生が頻繁に書き込みをするのだけど、それはROMである他のゼミ生にとっても「読むだけで楽しい」というところがあり、もともと意図していた「オンラインの交流を増加させることで、対面だけでは質・量ともに不足する学生間で互いの個性を認知させる」という、古き良きオンラインコミュニティのような空気を生み出せたのだ。

4-3. 他サービスとの連携

交流を促すという点では、Slack外のサービスを利用して、イベントやコンパの写真を共有するアルバムを作成したり、顔写真付きのゼミ名簿を用意したことも割と効果が高かったように思う。学年をまたぐ交流の機会の前にスマホで先輩・後輩の名前と顔を確認していかなければという空気が生まれたのは、秋学期がたまたま新しいゼミ生がジョインする時期だったこともあるけれど、きっかけとしては非常に大きかった。

ただ他サービスとの連携という点では、むしろ勉強・研究に関する意欲を高めるために用いた部分が大きい。特に3年生以降は個人研究が主になることもあって、これまでもゼミ生個々人と教員でEvernoteのノートブックを共有し、個別にやり取りをするという体制を取ってきた。そのためのイントロとして、まず3年生の秋学期に個人のEvernoteで「週報」のノートを作成して毎週報告を出させるということを行っていたのだけれど、先述したような理由により更新を見落とすなどしているうちに、段々と学生が報告を行わなくなるというのが通例だった。

そこで導入したのが、「個人のEvernoteにノートを追加すると、Slackに通知が飛ぶ」という連携だ。具体的にはMyThingsというアプリを用いて、週報のノートを追加したことを、学年のゼミのチャンネルに自動通知させた。するとゼミ生間で「あいつはもう週報を出した」「自分が出していないことがゼミ内でバレる」といったプレッシャーが生まれ、以前では考えられないほど週報提出者の脱落率が下がった。もともと「文系のゼミは開発者ではなく外回りの営業の集まり」という意識が自分の中にあったからだと思うけれど、この競争がもたらすピア・プレッシャーは、過度な抑圧とならないように配慮することで、今後もうまく使えるように思う。

また教員がEvernoteに追加した重要なノートの情報は、Zapierを用いてSlackに通知するようにした。これは、MyThingsがYahoo!アカウントに紐付いているため、その投稿が教員個人からのものになることで、オフィシャル性が薄まることを懸念したためだ。僕はくだらない話も気安い話も投稿しているので、アカウントとアイコンでしか人を認知できないSlack上では、オフィシャルな通知は別のアカウントに見えるものから行うほうがよいだろうと考えたのだ。このような通知は、Evernoteで行っているゼミの予習資料、復習記事にリンクされ、自宅学習のためのフォローアップとして機能させている。

4-4. その他の利用

その他には、ゼミでのイベントごとに企画・運営スタッフを募ってプライベートチャンネルでオンライン会議を行ったり、質問対応の際、LINEでは長文になるので書ききれないことをSlackのDMで回答したりといった形で運用している。教員の幅広い関心に触れることを目的に、僕が一人でブログのような投稿を行うチャンネルもある。今後は、研究室の配架図書をすべてオンラインでリスト化するとか、図書の返却期限を自動でリマインドできるようにしたいとか、Googleフォームと連携して何かできないかとか、色々とやってみたいことはある。ただ毎年3分の1が入れ替わってしまう状況でいたずらに運用を拡大すると、先輩から後輩へのノウハウの引き継ぎもうまくいかなくなるので、そこは様子を見ながら、教員の負荷を下げつつ交流を深めるという本来の目的に沿った運用ができればと思っている。

4-5. 導入後の効果と副次効果

まだ3ヶ月程度の運用ではあるものの、個人的には非常に効果が大きかったというのが感想だ。定量化できる指標としては、既に挙げた週報提出者の脱落率低下や図書貸出件数の増加といったことがあるけれど、何より質的な面での変化が大きかった。Slackだけが要因であるとは言い切れないけれど、昨年度までと比べても明らかに学生たちのモチベーションは底上げされているし、ゼミ生間、特に学年をまたいだ交流の幅・深さがともに良好であるように見える。人間関係のことだから万事うまくいくことはないし、葛藤が生まれるくらいに近い関係が築けているならそれもいいかと思うのだけれど、少なくとも当初懸念された「教員のリソース逼迫によるフォロー不足や、それがもたらすゼミ間の関係の希薄化」といった問題は、かろうじて回避できていると判断している。

副次効果としては、負担を減らすためのSlack導入で負担がかえって増えたというところがある。これはひとえに「学生たちが勉強熱心なので仕事が増える」という嬉しい方の負担増だ。たとえば毎週、ゼミが終わるたびに2000字~4000字のフォローアップ記事を書いたり、Evernote上での個別指導でもそれぞれの学生に長文のコメントを入れたりしている。考えたことや感じたことがあればSlackの教員ブログに長文の投稿をする。この3ヶ月で、信じられない量の文章を書いている気がする。フォローアップ自体は、院生だったときからゼミや研究会の後にMLに長文のポストをしていたこともあって慣れていたのだけど、話し言葉と書き言葉の間に大きな乖離がある僕としては、普段は見せられない一面を見せていくことで、学生たちのイメージを変える効果も持っているのかもしれないと期待するところだ。

大学教員という仕事は、直接の教育だけを担うわけではない。それだけに、教育や育成に軸足を置いて活動する人ばかりではないのも事実だ。だからこそ、こうしたツールを用いて、合理化できるところは合理化しつつ、「対面状況でこそ真価を発揮する」という文系のゼミならではの部分を活かせればいいのかな、と、いまのところはそういう風に考えている。

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