2017年の音楽を振り返る

昨年、急に訪れたバンドブーム(見る方)のおかげで、今年も引き続きライブハウス通いが続いた。ただ残念なことに、スケジュールが合わなかったり急な仕事が入ったりして、チケットまで取ったのに行けなかったライブがあった年だったりもした。年間10本を目標にして、どうにかその数字だけは達成した感じ。音楽的にもバンドだけでなくトロピカル・ハウスのようなダンスミュージックからベテランの曲まで幅広く触れて、Aplle Musicパワーで1970年代からのヒットソング500曲を聴き通すなんて無茶もしたので、昨年ほど「これ」と絞るような軸はないのだけど、特に若いアーティストで心に刺さったものをいくつか。

Ivy to Fraudulent Game

舌を噛みそうな、詳しくはウェブで検索することが当たり前の時代に、あえて人を突き放すようなバンド名が彼らのスタンスをよく示していると思う。本当に自分たちに感心を持って掘り下げてくる人と創り上げたコミュニティこそが、彼らの音楽を完成させるというのが、ライブを見ていてもよく伝わってくる。ソーシャルメディアで受けの良いテンプレに合わせていくマーケティング上手なバンドが多い中で、Vo.寺口宣明のときにシニカルで、ときに狂気を帯びた、悪くすると「中二病的」に見られかねないたたずまいは、ポストロックやオルタナティブを現代的に昇華したバンドの音楽性と組み合わさって、強烈な吸引力を発揮する。というよりも一目惚れとしか言いようのない形でファンを増やしていくからこそ、誰にも立つことのできないフィールドを維持し続けているのだと思う。最前列でライブを見ていると、周囲のお客さんに独りの人が多いことに気付く。私だけが分かればいい。誰かとシェアしたり共感のファボをもらえなくてもいい。そういう感情を惹きつけるからこそ、2016年の全国流通盤から1年でメジャーデビューという勢いを保つことができたのだろう。

ただトレーラーからも分かる通り、その音楽性は確かなもので、「痒いところに手が届く」という感想を持つ。ハードロック、オルタナティブ、ポストロック、エレクトロニカなどの複数の軸を楽曲ごとに突き詰めるのではなく、一方の軸と他方の軸が引っ張り合いながら、極端な表現形態へと陥らないように注意深く楽曲が編まれているのだ。これだけの演奏力、アレンジ力があれば「マニアックにど真ん中直球」という曲作りもできるはずなのに、あくまでポップであること、人を突き放さないことを目指しているところが、シェア時代に背を向けていながらも大衆性を獲得する魅力になっているのかもしれない。

ポルカドットスティングレイ

1年でメジャーデビューの勢いをもったバンドに出会う機会というのは、一生の中でそうそうない。Ivy to Fraudulent Gameが「吸引力」でその階段を駆け上がったのだとすると、ポルカドットスティングレイはその真逆、「拡散力」でメジャーの舞台へと躍り出た。僕が彼女たちのライブを初めて見たのが昨年の夏の学生主催イベントで、それがバンドにとって初の関西公演だったというのだから、その勢いがどれほど凄まじかったのかがよく分かる。というかその時点でポルカの知名度は、ほぼYouTubeで話題になった「テレキャスター・ストライプ」と配信の楽曲のみ。人気の高まりに楽曲数が追いつかない状態だったのだ。

こういう状態でのブレイクは、往々にして「ちょっと売れた曲の縮小再生産」に陥りがちだ。だが2017年はEP『大正義』収録の「エレクトリック・パブリック」、メジャーデビューアルバム『全知全能』の「サレンダー」など、ファンの期待を受け止めつつバンドの魅力を広げていくような楽曲を次々に生み出していった。特に『全知全能』の終盤「ショートショート」から「レム」の流れに感じる、それまでとは少し毛色の違った開放感のあるメロディと、対照的に屈折した歌詞の組み合わせは、今後の彼女たちに一番期待したい方向性だなと感じた。

これまたYouTube時代だと思うけれど、そんな彼女たちの楽曲は「弾いてみた」という動画が割と多い。というかGt.エジマハルシのクールな表情からは想像もつかないほどファンクなギターは、楽器を弾くものなら一度はコピーしたくなるフレーズが満載なのだ。タイアップの多さも含めてVo.雫のキャラクター性が前に立つことの多いバンドだけれど、複雑なリズムパターンをしっかり支えるリズム隊にキャッチーなギタリストがいて、全員がそれぞれの方向に目立とうとしている、いかにも福岡の人らしいところがライブを見るとすぐに分かる。願わくば今後も「さんのーがー、はい!」という福岡の人にしか伝わらないカウントダウンで客を煽るバンドでいて欲しい。

あいみょん

ところで、雫のようなヴォーカリストを表現するのに「椎名林檎的」という言葉を使うのが、いかにも言い古されていると感じることがよくある。雫の場合はデューセンバーグのギターヴォーカルスタイルがそういう印象を与えるのだろうけど、少なくともあいみょんに関してそういう言葉を使うのは間違いだと思う。どちらかというと彼女の系譜をたどるなら、阿部真央、矢井田瞳へと遡る関西の女性シンガーソングライターであり、その向こうには椎名林檎と同じようにアラニス・モリセットがいる。「貴方解剖純愛歌〜死ね〜」のインパクトが強すぎたせいかもしれないけれど、むしろ中心に置くべきは「生きていたんだよな」で聴けるような、内省的でありつつメッセージの強い楽曲のほうだろう。

2017年は「愛を伝えたいだとか」「君はロックを聴かない」の2曲のシングルを含むメジャーフルアルバム『青春のエキサイトメント』をリリースし、FM802を聴いてそうなリスナーにはがっちりと食い込んだ年になったと思う彼女だけど、それに対してもやや醒めたスタンスを取る。ライブMCでもインタビューでも「音楽をずっと続けていくかは分からない」と語るように、あくまでも表現が先にあってそれがたまたま音楽であるような人が、キャリアの初期に音楽という手段を選んでくれたことを、僕らはありがたいと思わなくちゃいけない。

ベテラン勢とメジャー

考えてみれば、今年はメジャーデビューをめぐる色んな話が飛び交った。昨年の岡崎体育、夜の本気ダンス、SHE’Sに続いてヤバイTシャツ屋さん、Creepy Nutsなど関西出身アーティストのメジャー進出が相次いだ。それは景気の影響だと言ってしまえばそれまでだけれど、ウェブでの発信力や現場での人の動きが重要になる時代に、流通力の違いだけでメジャー進出を喜べない複雑な心境は、R-指定がラップしているとおりだ。

おそらく重要なのは、景気に下支えされた形でメジャーに出てきたアーティストたちが、それまでの活動範囲以上にネットワークを広げることで、息の長い活動ができるような足場を作ることだろう。そう思うと、今年から来年にかけてCDの売上が全盛だった時代にデビューしたり結成したりしたバンドの20週年が相次いでいる。Plastic Tree(97年メジャーデビュー)、ストレイテナー(98年結成)らのトリビュートアルバムでは、彼らに対するリスペクトが垣間見えたし、AICDMAN(97年結成)の主催フェス<SAI>は、そうやって築かれたシーンの中でも関係の深い人たちの大同窓会という様相。そこにも出演したBRAHMAN(99年メジャーデビュー)の今年のシングル「今夜」は、そんな自分たちの歩みを振り返る、涙なしでは聴けない曲だった。

もうひとつ、20年選手という意味ではずっと最前線に立ち続けているBUMP OF CHICKENの「記念撮影」も、僕の中では「その後の天体観測」という面持ちで涙を禁じ得なかった。「やりたいことがない、わけじゃない、はずだったと思うけど」と、未来を見つめていた瞬間を切り取った過去の記念写真を見ながら思う主人公。その時想像していたのとは違う未来に立って、相変わらず同じ怪我をしても、それでも大丈夫だと言い切れるのは、この20年があったからだ。

若いアーティストもたくさん見て聴いて、昨年取り上げたアーティストたちについて語りたいこともたくさんできた年だったけれど、やっぱり自分と同世代の人たちが、どうにかこうにか前に進もうとしているのを見てもらう勇気も大きい。2017年前後の時期が、次の20年に向けた素晴らしい期間になればいいなと、心から思った。

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