「あたりまえではない幸福」――誰にとって?

大学勤めをしている身で、どうしても気になるのが他大学の広告。この数年、自分の学部の広報を担当していることもあり、またマーケティングや広告といった分野にも従来から関心があったので、電車内や駅の広告は割と気にするほうだ。

そんな中、この春から車内で見かけて気になっていた神戸女学院の交通広告について、ねとらぼが記事にしていた。

電車内で見かけ、思わずぎょっとしてその場で神戸女学院のリリースを読みに行ってしまったくらいだから、少なくとも広告としての効果はあったと言っていい。この広告で、以前も目にしていたはずの交通広告やタグラインが神戸女学院のものだと僕でも認知できたわけだから、十分過ぎるくらい目的を果たしたと言っていいだろう。ビジュアルな広告が短期的に訴求したとしてもすぐに忘れられる昨今、「スクールカラー」や「キャッチフレーズ」を統一して打ち出していくという戦略も、非常に繊細なアプローチを要求されると思うので、継続的にそれに取り組めているというのも含めて、すごく参考になる。

ただ――よその大学の広告を挙げるのも微妙だけど、あくまで広告論の観点からということで――気になる点も多い。そもそも阪神間には女子大が多数あって、こうした交通広告でも色んな大学のものを見かけるわけだけれど、「自分の可能性を開く」とか「なりたい自分になれる」といった抽象的なメッセージか、あるいは幼児教育などの資格取得に有利であることを推すものが目立つように思う。その点は文系ならどこも似たり寄ったりだとはいえ、「女子大」という微妙な立ち位置が、広告によって伝えたいものと、広告の受け手が期待しているものの間を繋ぐのを、すごく難しくしているように思う。「女子大だから」という特徴をアピールしすぎると、「いまどき花嫁修業か手に職か」と思われるし、かといってその部分を押し出さずに他の共学の大学から差別化することもできない。

その微妙なジレンマは、この広告の中身にも影を落としている。広告の文章を、内容ごとに分けて読んでみよう。

女は大学に行くな、という時代があった。
専業主婦が当然だったり。寿退社が前提だったり。

ここでは、過去の日本における女性の立場が示されている。

時代は変わる、というけれど、いちばん変わったのは、
女性を決めつけてきた重力かもしれない。
いま、女性の目の前には、いくつもの選択肢が広がっている。

その時代が変わって、いくつもの(進学を含めた)選択肢が広がるようになった。

そのぶん、あたらしい迷いや葛藤に直面する時代でもある。
「正解がない」。その不確かさを、不安ではなく、自由として謳歌するために。私たちは学ぶことができる。

このあたりでメッセージがねじれてくる。進学に関する「正解」が何を想定しているのかは不明だけど、それが自明ではない不安に直面するというのは、僕も前のエントリで少しだけ触れた。ただそれに続けて、その不安を自由として謳歌することが規範として示され、学ぶことを、自由の獲得の条件にしようと主張されているように読める。

この、決してあたりまえではない幸福を、どうか忘れずに。たいせつに。

そして広告は、読み手に向けて「あたりまえではない幸福」を、忘れずに、たいせつにすることを伝えて、タグラインである「私はまだ、私を知らない。」へと続く。リリースを読む限り、本文とタグラインは一応別のものということになっているから、メッセージは上記の部分で終わっていると読むべきだろう。では、このメッセージ、いったい何を言おうとしているのか?

要約するなら、①女性が抑圧されていた時代が変わり、②女性が進学できるようになった、③そのことで新たな不安も生じたが、学ぶことで不確かさは自由に変えられる、④(女性は)その幸福を大事にすべきだ、というものになる。つまりメッセージが暗に対象としているのは、「女だから学をつけて生意気だと思われるよりも、専業主婦になるために女子大くらいの学歴でいい」という古臭い「イメージ」であり、そのイメージを内面化している受験生(あるいはその親)なのだ。

社会学者の佐藤俊樹は、「常識にとらわれない学問」としての社会学の姿勢を「社会学1.0」と呼び、その姿勢を強調するあまり「常識」の側を極端に狭く想定することで「脱常識」が目的化することを批判している。他方で彼は、脱常識に対する逆張りで常識を強化してしまうような「社会学2.0」にも批判的で、常識と脱常識の間で宙吊りになるような「社会学1.5」という立場を重視するのだけど、ともあれこのメッセージは、「常識」の側として、広告の中でもっとも目を引く「女は大学に行くな」という、あまりにも狭い立場を最初に想定し、もうそんなことは考えなくていいんだよというものになってしまっている。これが、僕の中に芽生えた違和感の1つめ。

ただそれよりも引っかかったのは、最後の「決してあたりまえではない幸福を、どうか忘れずに。たいせつに。」という締めくくりだ。ねとらぼの記事でも「過去にそのような時代があったということを持ち出すことで、今の時代に当たり前と思われていることが決してそうではなく、今後も私たちは不断の努力によりその「当たり前」を維持していかないといけないと考えます」とあるように、女性の社会進出や権利獲得に対する過去の努力や成果を「忘れずに」いることを求めている。インタビューの「私たち」が、神戸女学院スタッフを指すのか女性全体を指すのかは不明だけれど、広告のメッセージである以上、これは女性全体、特に受験生の女性に向けられたものだと理解すべきだろう。

ここで問題になるのは、「女性が、女性であるということで、過去の女性たちの切り開いてきた権利や活動を尊重し、受け継ぐべきだと考えるのは正当か」ということだ。この問題に最初に触れたのは、アメリカで、若い女性による反フェミニズムの主張が取り上げられているという記事を読んだときだ。

要するに、「既に男女は平等なのだから、もうフェミニズムは必要ない」派と、「そうした主張すら、過去のフェミニズムが獲得した成果の上にあるもの」派の対立ということだろう。これはジェンダーをめぐる問題の中でも比較的古くからあるものになってしまったけれど、いまだに解消されないどころか、むしろ女性の人生の選択肢の広がりととともに、女性どうしの対立を深刻化させているフシすらある、難しい問題だ。

上記の記事にある通り、女性に選択肢が用意されるようになったのだとしても、それを実際に選べるかどうかという点で人は平等でないし、多くの場合、それは個人の能力と、それを評価する周囲の環境との関係によって規定される。周囲の環境がそれほどラディカルでない場合、女性が自分の能力を発揮し、あとに続く女性たちの道を切り開こうという主張に対して、「私はあなたほど優秀ではないから」と言い返される、もっと言えば「自分の優秀さをアピールするバリキャリはうっとおしい」という感想へとつながる。アメリカほど明確な反フェミニズムの形を取らないとしても、一方でキャリア選択の「自由」を謳いながら、その「選択」に「女性の選択肢を広げる」というバイアスをかけることの矛盾は、じわじわと顕在化しているように思う。

僕が神戸女学院の広告から受けた最大の違和感、というより危惧は、このメッセージが「意識高い女子大のマウンティング広告うざっ」という受け止められ方をするのではないかという点だ。読みようによっては、「大学進学を選べるようになった環境をありがたく受け取って、真面目に勉強しなさい」とも取れるこのメッセージを、希望と感動をもって受け止める層ばかりではないという現実は、そのまま「女性の進路選択」をどう考えるかという社会問題へと接続されている。この延長に、職場での女性の立場だとか、政治、公共的な分野での女性の社会進出の問題も待ち構えている。

何度でも強調しておきたいけれど、これは女性の問題ではない。女性を含め、多様なキャリア選択の自由を確保する社会構築の問題だ。職場のマウンティングは、女性の対立ではなく、その対立を個人の感情的な不和として処理する職場の設計とマネジメントの問題だし、バリキャリとゆるキャリの間に世代的な対立があるというなら、それはおそらく教育の問題でもあるだろう。だから僕はこの広告に文句を言いたいのではなく、微妙な解釈のズレを生んでしまう社会へのセンスを持ち続けること、感動して終わるのではなく、どんな人が、これをどんな風に受け止めるのかという社会学的な視点で見てほしいということを言いたくて、このエントリを書いている。

人は環境に左右される。僕だって、女子学生の多い大学でキャリア選択の悩みに直面する学生たちの話を聞かされることがなければ、おそらくこのコピーのような立場でものを考えていただろう。少なくともいまの勤め先に着任した10年ほど前には、有力私大の学生であっても強い専業主婦志向を感じて驚いたものだけれど、近年になるほど、大学進学の時点でキャリアイメージを明確に持っている学生が増えたように思う。それに伴って、キャリア選択の問題も「ガラスの天井vsバリキャリ」という構図では捉えきれないくらいに複雑になった。私たちはまだ、理想の社会のあり方を知らない。だからこそ学び、考え、議論しなければならない。

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