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	<title>Soul for Sale &#187; 社会</title>
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		<title>「自粛ムード」の心理</title>
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		<pubDate>Sun, 17 Apr 2011 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[思考]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[Twitterに「不謹慎」という非難が飛び交う理由について書いたのがきっかけで、海外のメディアからいくつか取材の依頼をいただいた。それ自体はありがたいのだけれど、どうしても「自粛＝日本独自の現象」という先入観で取材をされ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>Twitterに「不謹慎」という非難が飛び交う理由について書いたのがきっかけで、海外のメディアからいくつか取材の依頼をいただいた。それ自体はありがたいのだけれど、どうしても「自粛＝日本独自の現象」という先入観で取材をされることや、僕の語学力の問題もあって、なかなかきちんとした形では答えられなかったところもある。さしあたりここでは、「自粛」を一般的な心理状態であると仮定した上で、そうした感情や、それが生み出す弊害をどう回避するかについて考えてみたい。</p>
<p><span id="more-1056"></span></p>
<p><strong>１．自粛と萎縮</strong></p>
<p>まず、「自粛」という言葉について。宇多田ヒカルさんも「自粛を要請ってそれ他粛じゃね？」とつぶやいてたけど、じっさい僕らが直面している「自粛」なるものは、なんとなくパーッとやる気になれないという「自粛」と、ここで盛り上がるのは批判を招くのではないかという不安からくる「萎縮」のふたつから成り立っている。むろん「自粛を要請」されたところで、それに従うかどうかはお任せしますよ、ということだから「自粛」なのだし、実際に批判を受ける前から自らの判断で何かを止めてしてしまうことを「萎縮」というわけだから、このふたつは簡単に切り分けることができないのだけれども。</p>
<p>ただ、いわゆる「自粛ムード」だとか「過剰な自粛」だとか言われて批判されている昨今の風潮は、「自分としては自粛するつもりはないのだけど、自粛しないことで批判を受けるのではないかと萎縮していること」を示しているのは確かだ。実際、テレビ東京がアニメの放送を再開した際には、局の方に抗議が来たとも聞くから、その不安も故のないものとは言えない。それでも多くの場合、抗議がくる前に中止を決定するわけだから、問題は「過剰な自粛」ではなくて、「過剰な萎縮」の方にあると考えるべきだろう。</p>
<p>過剰な萎縮が招く経済活動の停滞を避けることを目標にするならば、自粛せよという非難がどのような動機から生じるのかということ、つまり非難する人の問題と、その非難を先回りして萎縮する側の問題を切り分けた上で、前者の人びとの動機を別の方向に向けさせ、後者の人びとに過剰に心配する必要はないのだということを示すことが必要になる。そのためには、前者、後者をともに「日本文化に特有の問題」と切って捨てるのではなく、ある程度普遍的なメカニズムの中で生じた現象だと仮定して対策を考えた方がよい。</p>
<p><strong>２．罪悪感が非難を生む</strong></p>
<p>Twitterで僕が<a href="http://togetter.com/li/112174" target="_blank">述べた</a>のは、R. K. マートンの『大衆説得』における「献身の三角形」というモデルを援用した仮説だった。ごく簡単にまとめると、震災以後、被災地の状況は様々なメディアのチャネルを通して、被災者ではない人びとにも届けられている。さらに原発事故のような、専門性が高いにもかかわらずハイリスクな出来事が長く続くことで、多くの人が「自分ではどうしようもない悲惨な出来事」に直面しているという感覚を強く抱くようになった。この「何かしたいのに何もできない」というフラストレーションが、「自分より何もしていないように見受けられる人びと」へと向けられるのが、「不謹慎」という非難なのではないかということだ。</p>
<p>ただこの説明は、マートンの説明（自分は貢献できていないという不安から、戦時公債を追加で購入してしまう）を逆転させただけであり、なぜそれが「非難」へと向かうのかという点については少し曖昧になっている。そこでもう少しだけ補足してみよう。</p>
<p>僕の説明だと問題になるのは、たとえばメディアによってフラストレーションが喚起されるなら、なぜ日本よりも（良くも悪くも）生々しく、またときに扇情的な報道が行われた海外においては非難や自粛の動きがほとんど見られないのかというところだ。日本でのみこうした現象が見受けられるということは、やはりそこには日本の文化特有の問題があるのではないか？</p>
<p>この点に対する反論として、たとえば2001年の米国同時多発テロの際にも、全米のラジオ局で複数の曲が放送禁止になったじゃないか、ということを挙げることもできよう。ただそれよりも僕としては、今回の震災に関してメディアが与えるフラストレーションは、特に日本のある種の層にとって強いものになっているのではないかという仮説の方が説得力がある気がする。</p>
<p>震災で注目を集めた概念に「生存者罪悪感（Survivor&#8217;s Guilt）」というものがある。大きな災害などで生き残ってしまった側が持つ罪悪感で、PTSDを引き起こす可能性があることから、適切なケアが必要であるとされている。なぜ彼らは罪悪感を抱くのか。それは、亡くなってしまった人たちは「何の罪もない」人であり、自分と相手の生死を分かったその境界線は、偶然引かれたものに過ぎないという風に思えるからだ。死ぬほどの罪を背負っていたわけでもないのに死んでしまった人と比べれば、自分という存在は生きているだけで何らかの罪悪を抱えている、という関係性が、生存者たちを苦しめるのである。</p>
<p>さて、その「罪もない」人びとに対する罪悪感を、私たちがもっとも強く感じるのはどういう人だろう。おそらく、自分と境遇の近い人ということになるのではないだろうか。似たような年齢で、似たような立場で、しかし向こうは亡くなってしまったのに自分はのうのうと生きていると思われるとき、罪悪感はもっとも強くなる。実は、震災後にマスメディアによって広められた「犠牲者」のイメージこそ、多くの人びとにとって「自分と大して違わない」、つまり「普通」の人びと、というものだった。むろんこの場合の「普通」は、日常的にテレビを見ている層で、かつターゲットを絞りやすい対象、つまり、子どもを抱えた親だとか、高齢者だとかにとっての「普通」なのだが。</p>
<p>ともあれ、主としてこうした人びとに対してマスメディアの報道は強いフラストレーションを引き起こすものになる。逆にいえば、外国の人びとは日本の報道に「自分たちと同じ」という感覚を惹起される可能性が低いので、そこまでのフラストレーションにはならないのではないか（逆に原発問題が非常にセンシティブに作用する西ヨーロッパ諸国、とりわけフランスやドイツで反原発運動が盛り上がった理由も、似た現象がかの国で起きたと考えれば説明がつく）。</p>
<p>「普通」の人びとが被った犠牲というマスメディアのメッセージは、彼らに共感する人びとの間にある種の生存者罪悪感に近い感覚を広めることになったのではないか。</p>
<p><strong>３．共感不可能性と攻撃性</strong></p>
<p>生存者罪悪感の中でも、直接被災者と関係がなかったり、被災地から遠く離れていたりする人が感じ取る罪悪感は、様々な意味でやっかいだ。まずもって彼らは被災者でも犠牲者でもない。ただその人たちと似た境遇だと感じているだけの存在なのだ。だから、自分のフラストレーションを理解してもらおうにも、同じ非被災者からは「でも別におまえが被災者を代表して傷ついたり怒ったりする正当性ないじゃん」と言われ、実際、自分でも被災者の方々には申し訳ないという気持ちがあるわけだから、被災者にもその感情（「あなたの気持ちはよく分かる」）を吐露できない。つまり彼らは、誰からも共感を得られないような罪悪感を抱えてしまったのだ。</p>
<p>僕自身、秋葉原連続殺傷事件の折にそうした感覚に襲われ、非常に強いストレスを感じることになった経験から、こうした人びとの罪悪感は、似たような感覚を抱えた人どうしでざっくばらんに話をしてみることからしか解消されないと感じている。しかしそうした回路を持ち得ない人びとにとっては、被災者に対する申し訳なさよりも、被災者に共感を感じる自分を理解してくれない周囲との温度差の方が、より強いストレスになるだろう。結果的にそのストレスは、彼らに対する攻撃性として現れてくる。</p>
<p>その攻撃性の一例が、おそらく「不謹慎」なものに対する非難であり、「自粛せよ」という声なのではないか。この点を押さえることで、「自粛ムード」というものが、「喪に服する」という日本の宗教的伝統に由来しているのだという、問題のある説明を回避できる。喪に服すというのはあくまで自分自身の行為であって、喪に服さない人びとを責めるための理屈ではない。あまり好きな例ではないけれど、未亡人というのは周囲が夫亡き後の新しい人生を生きることを勧めてきたとしても、それに逆らって夫の死に殉じ続けることで喪の意志を表明する。それを踏まえれば、「自分と同じように喪に服せ」と人に命じるのは、喪に服すという行為の尊さ（だと考えられているもの）を台無しにしているといえないか。</p>
<p>むしろ自粛を求める非難の声は、社会心理学的に普遍的なメカニズムによって引き起こされたものであり、それゆえメディア社会の問題や災害時の報道のあり方としてとらえることが可能なものだと見なした方がよい。そうすることで、何もできないもどかしさ故に攻撃性を発露している人びとに対する「対処」方法について考えることができるようになるからだ。</p>
<p><strong>４．「不謹慎を許せない人たち」をどうするか</strong></p>
<p>まずもって重要なのは、「不謹慎を許せない人たち」の攻撃性は、彼らが感じているフラストレーションを可能な限り倫理的に解消するために生じているのであって、たとえばより上位の価値による抑圧（日本の経済を停滞させてはならない）とか、彼らの行為がはらむ倫理的な問題の指摘（おまえの言い方はキツすぎる）では昇華されない、むしろ火に油を注ぐ結果になると思われることだ。もっとも有効なのは、似たような罪悪感を抱える人どうしが話し合いながら、自分たちがとることのできる適切な手段について考えられるようにすることなのだが、それ以外の人にもできることはある。</p>
<p>まず、余裕があるならば黙って話を聞く、というのがあるだろう。こうしたケースでの心理的な攻撃性は、自分でも理屈が通らないことを自覚していたり、時間がたつとなぜそんな気持ちになったのか分からなくなることが多い。話を聞いているうちに、相手も少し落ち着いてきて、冷静に話ができるようになるかもしれない。その上で、Twitterなんかでも書いたように、その人にとって本当の意味で貢献できることについて考えることも、意味があるだろう。</p>
<p>相手と自分が対等な関係になく、たとえばこちらが組織として「不謹慎だ」というクレームに対処しなければならない場合、ただ話を聞くだけでは済まないこともある。こういうケースは現場の人たちが詳しいだろうけれど、攻撃性を昇華するためには「無理が通った」という気になることが大事だ（「おまえじゃ話にならん！上のものを出せ！」）。一定程度の譲歩は、相手と自分の立場を対等に近づけ、相手の理不尽さについて自覚してもらうきっかけを生むかもしれない。</p>
<p>もしかすると、自分自身でも「不謹慎」を許せないとまではいかなくても、ぱーっと盛り上がることにある種の罪悪感を感じているかもしれない。そういう人は、盛り上がることと被災地のための貢献を両立させるような手段を考えてみるのもいいだろう。日本リサーチ総合研究所のレポートでも<a href="http://www.research-soken.or.jp/reports/economic/pdf/number28.pdf" target="_blank">述べられている</a>が、「コーズ・マーケティング」と呼ばれる、消費行動と社会貢献を両立するようなプログラムもすでにいくつかスタートしているし、地域の祭りで義援金を集めることだってできる。積極的な行動が苦手な人には、各企業の震災に対する取り組みを調べたり、まとめページを作ったり、TwitterでRTしたりしてみてはどうだろうか。</p>
<p><strong>５．この文章の読み方</strong></p>
<p>と長々と書き連ねてみたものの、いまだに悩ましい部分はある。そもそもこのエントリは取材などで喋ったことを補足するために考えていたものなのだけれど、あれこれ調べたり迷ったりしているうちに時間がたってしまい、当初とは少し状況が変わってしまったところもある。また、先行研究などから示される典型的なパターンが当てはまるという前提で話を進めているから、ここでの分析が当てはまらないケースもたくさんあるだろうし、もっとスマートな説明の仕方もあったかもしれない。</p>
<p>なので、ここに書いた話は「役に立つのならば役立てる」という読み方しかおすすめできない。普通の言葉を使えば「参考資料」だ。新しい状況が発生したり、考え方が変わったりすれば、またここで何かを書くこともあるかもしれないけれど、現段階で考えられるのはこのくらいということで。</p>
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		<title>こんな時だから大学生活を考える</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
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			<content:encoded><![CDATA[<p>寒すぎた冬がまだ尾を引いているせいで桜も例年より遅め。震災の影響を直接には被っていないとはいえ、一部の商品はスーパーでも売り切れる状況では、「入学おめでとう」などとのんきなことは言えないのかもしれない。まして、長いスパンで考えれば景気停滞、雇用不安、グローバル化への対応など、あと4年もたてば社会人として自らも取り組んでいくことを期待されるお題が山積み。これなんて無理ゲー？となるのも致し方ないと思う。でも、大学に入れたということは、それだけで他にはないアドバンテージを手にしているということだったりする。基本的には<a href="http://blog.szk.cc/2010/04/02/how-to-survive-at-your-universities/">昨年のエントリ</a>で言いたいことは尽きているのだけど、今年も少しだけ「大学生活の使い方」について。</p>
<p><span id="more-1041"></span></p>
<p><strong>１．ともあれ図書館は財産だ</strong></p>
<p>学生であるうちにしか許されないことのひとつに、大学図書館の利用がある。もちろん大学によって規模は違うし、卒業しても多少は利用できるケースも多いんだけれど、ともあれ大学図書館というところは、町の公共図書館には入っていないような専門書や学術書、そして古い本が置いてあることが多い。</p>
<p>大学に入って指導されることのひとつに、ネットで知った情報をコピー＆ペーストしてレポートを仕上げるのは剽窃（パクリ、どろぼう）だというのがある。時代遅れの考えだと思うかもしれない。でも、こういう風に考えることもできないだろうか。検索して調べられる内容なんて、他の人も知りえる程度のこと。そこに差を付けようと思えば、ネットに載っていない情報をどのくらいストックしているかが大事になる。</p>
<p>そういう情報は、図書館にならタダで転がっている。検索したら一日かかることが、もう本にまとまってたりする。どう探していいか分からないことでも、司書の人に聞けばいろいろ教えてくれたりする。そして図書館を使いこなせているだけで、ネットでの調べ物の効率もずいぶんと上昇する。いなばさんの<a href="http://blog.szk.cc/2010/04/02/how-to-survive-at-your-universities/" target="_blank">卒業生へのメッセージ</a>でも書かれてるけど、大学図書館こそ最大の財産だ。「知らないことは図書館にある」を合言葉に、図書館探検してみよう。</p>
<p><strong>２．お金はうまく使おう</strong></p>
<p>タダで手に入る情報、という話に関して言うと、とりあえずお金が足りなくなると思う。景気の影響で仕送りが減った学生も多いし、生活スタイルが変わって何をするにもお金がかかるようにもなる。なんだ飲み会の会費ってみたいな。</p>
<p>こういうときに大事なのは、限られた予算をどう振り分けるかだ。個人的には、欲しいものができたからバイトするという考え方も嫌いじゃないけど、できれば固定費や交際費をうまくコントロールできるようになって欲しい。それでも問題は、本を買うお金が一番の後回しになってしまうことだ。</p>
<p>活字離れと言うけど、実際は学生だってそこそこ本を読んでいる。もちろん話題の新書だとか背伸びしてビジネス系自己啓発だとか、その辺が多いだろうけど。注意して欲しいのは、この手の本には、よいものもあるけれど、より専門的な本の内容を薄めたものや、偉い人の話のまとめだったりするものも多いってことだ。</p>
<p>どの本がよくてどの本がダメか。そういう情報はネットにたくさんある。ただ、そうしたキュレーションされた情報源をうまく使いこなすことと、自分がキュレーションできる能力を育てることは、まったく違うものだと僕は思っている。キュレーションする能力は、いいものとダメなものをたくさん読んで、その幅について知るしかない。</p>
<p>でも自分にとっていいものって、実際は少数なわけだから、どう探せばいいのか分からない。というか買って確かめるお金がない。さてどうする、となったとき、やりがちなのが、「手元の予算で買える一番いいものを買う」ことだ。でも、こういうやり方は要するに、使える予算の限度額が自分にとっての「よいもの」の限界を決めてしまうことになる。</p>
<p>ある程度は仕方ないのだけど、でもできれば<strong>「一番いいものを一番安く手に入れる方法を考える」</strong>という発想で臨んで欲しいなと思う。まとめ本を読むくらいなら、元ネタの難しい本を古本で買うとか、CDだってゲームだって友達と貸し借りできたりもするはずだ。お金は使う奴が偉いのでも貯める奴が偉いのでもないのだ。</p>
<p><strong>３．みんな同じなんて幻想だ</strong></p>
<p>ところで、大学生っていうと「いまどきの若者」って扱いをされるわけだけれど、我こそは典型的ないまどきの若者である、と思っている人は、あまりいないかもしれない。まあそういう話は、若者じゃない人がどこかの本やテレビで言ってることだものね。でも、偉そうな人たちに十把一絡げに「若者」呼ばわりされるのにも、それなりの理由がある。</p>
<p>もっとも大きな理由は、学生でいる時期の年齢の偏り具合だ。周囲を見回しても、同じ学年の子たちはせいぜい1、2歳しか変わらないし、人生経験にだってたいした差はないように見える。こういう状況では、お互いの違いってせいぜい性格とかファッションくらいになっちゃうし、空気を読んでヨコナラビで「やー全然試験勉強してないわー単位やばいわー」とか言ってる方が楽かもしれない。</p>
<p>まずはその幻想をぶち壊す、じゃないけど、本当はヨコナラビでみんな同じ、ではないのだ。社会に出て何年かして、同窓会で集まってみよう。仕事も年収も人生設計も、ぜんぜんヨコナラビなんてことはない。というよりヨコナラビじゃなくなったもんだから、もっともヨコナラビに見えた学生の時期の思い出話が盛り上がっちゃう場合だって少なくない。</p>
<p>本当は、たまたま同じ年代の人間しかいないから気づかないけど、君の周囲の人たちは、君とは全く違う人生を歩んできて、いまはたまたま同じ環境を共有しているけど、また全然違うルートへと別れていくのだ。大学生のヨコナラビに合わせることが、学生という身分にクラスチェンジできた証で、そうでない奴はぼっちだなんてことは気にしなくていい。</p>
<p><strong>４．意味わかんない奴とつるめ</strong></p>
<p>といっても不安なんです寂しいんですって人もいると思う。情緒不安定だった高校までの自分とはバイバイ、大学からはうまいこと仮面をかぶって適切な距離をとって揉め事だけは起こさないように、そんな人になりたいです、っていうのも、別に間違いってわけじゃない。</p>
<p>ただ繰り返しになるけれど、そうして仲良くやってる連中も、後々振り返ってみれば実は全然別ルートの人生を歩んでいくのだ。そして、大人になってからの人間関係における財産は、この「別ルート」の人とどのくらいつながっているかで決まると思っていい。仲良しを増やせという意味じゃない。卒業してからも連絡をとっても気まずくない程度の「別ルート」の友達を確保しておくってことだ。</p>
<p>こういう友達は、たとえばサークルに入れば他学部の連中とつるめるし、大学間の交流を持っているところならさらに広がりもあるだろう。イベントを打ったりして学生以外の人と関わるのもいいし、インドア派な君にだってコミケだの文学フリマだのと、年に2回くらいなら奮発して東京に集合してもいいぜ、みたいな機会は用意されている。</p>
<p>こういうところで「意味わかんない」奴と関わることだ。意味わかんないっていうのは、要するに相手が自分と別ルートにいるってことがはっきりしてるってこと。別に意味の分かる人だけでもそれなりにルートの多様性はあるんだけど、学生の有利なところは、いろんな人と関わるのに対してコストがかからないことだ。ファーストフードで夜明けまでだべるとか、大人にはけっこうつらい、というか、大人はすぐそういう退屈をお金で解決しようとする。</p>
<p>お金がないとか若いって条件が共通していれば、相手がどんなルートの人だろうと、てゆうかぶっちゃけ何国の何人だろうと、意外と話すことはあったりするのだ。お金をかけずに得られる財産は、お金で買えないからこそ、大人になってお金ができてからじゃ絶対に築くことができない。そういうポイントを貯められる時期がいまなんだってことは、スタート時だけでも意識しておくといいと思う。</p>
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		<title>教科書を読もう</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Jul 2010 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[こないだの放送で説明しようと思っててできなかった話に、「教科書」の話題があったことを思い出したので書き付けておきたい。多くの大学生にとって、講義を受けるに当たっての教科書のコストというのは割と半端なくて、例えば甲南大学で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>こないだの放送で説明しようと思っててできなかった話に、「教科書」の話題があったことを思い出したので書き付けておきたい。多くの大学生にとって、講義を受けるに当たっての教科書のコストというのは割と半端なくて、例えば<a href="http://www.knu.jp/book/text.html" target="_blank">甲南大学</a>では平均すると3万円から4万円の教科書代がかかるのだという。このコストは事前に明示されることは（特に文系の場合）ほとんどなく、いざ講義を受けようと思ったところで示される場合が多い。保護者の経済状況の変化から学費を払えずに中退する学生が増えているという話は注目されても、カネがなくて教科書を買えないという話は、学生の怠慢扱いされてしまうので、あまり取り上げられることがない。</p>
<p><span id="more-915"></span></p>
<p>そもそも教科書代が高いのはなぜか。そこには構造的な問題があって、まず指摘しておかなければならないのは、教材の開発、つまり教科書を書くことが、研究者の業績の一部として認められているということ。教科書執筆は、研究論文を書くよりは骨の折れる作業だけど、査読されるわけでもないし、普段喋っていることを書けばいいだけという人もいる。また大学出版会を持っているところであれば、商業流通には載らないような内容のもの、とても薄いパンフレット的なものでも書籍化してくれるので、相対的にハードルの低い仕事になる。さらに、単著を刊行するには実績の足りない院生なんかを集めて編まれたアンソロジーは、彼らの業績になるというところもある。若手研究者にとっては「師匠筋の編集による教科書」が、実質的なデビューの場になることも多いのだ。</p>
<p>出版社の側からすると、「教科書指定」というのは、おいしい仕事というわけではないけれども、確実に部数が見込めるために、歓迎したい仕事ということになる。上記のような条件でも出版社が引き受けるのは、このことがあるからだ（逆に、教科書指定がなければ出版は見送るというケースも少なくない）。とはいえ、どんな大講義でも数百を超えて教科書になることはないから、その貢献度は決して高くない。結果的にこれらの教科書の諸版部数は1000、2000といったロットになり、そのことがコストを下げられない要因になる。おまけに、いかにもお手軽な教科書然としたものではハクがつかないと思うのか、上製、ハードカバーの仕様だったりすると、平気で4000円オーバーの本になったりするわけだ。</p>
<p>まとめると、(1)定番のものを一冊作るよりは、他と差異化した、ハクの付いた業績を作りたい研究者、(2)体系的な内容にするよりは、自分の業績をより多く盛り込んでもらいたい若手、(3)教科書指定を条件に出版に踏み切る版元という三者の関係が、「コストの高い教科書」を生んでいるわけだ。ほんとはここに生協とかも絡むのだけど、めんどくさいのでそれはパスする。ともあれこうした環境下では、教科書の古書としての値引き販売や、先輩から代々と受け継がれる教科書、なんていう抜け道はうまく機能しない。ましてや全面的な電子化なんて夢のまた夢だろう。</p>
<p>それでも、定番の一冊、経済学で言えばマンキュー本のようなものがあればいいのだ。生きていかなきゃならないのは誰も同じなのだし。しかしそうした本がない場合、大学指定の教科書というのは、担当教員の業績のために編まれたもの、書かれたものばかりになり、結果的に「碌に使いもしないのに高い金を払わされる本」が量産されることになってしまう。このことがもたらす弊害はかなり大きくて、たとえば学生に読んで欲しい本というものは、いくら挙げてもきりがないのだけど、そうした本を（文庫ですら）買わせるのが難しくなる。図書館を利用するにせよ、全ての人が借りられるわけでもないし。本題のためにバイトを増やせば、それだけ勉強できる時間も減る。教科書コストというのは、そこまで関係する話なのだ。</p>
<p>で、文句ばかり言ってても仕方がないので、じゃあどういう教科書がいいのかを挙げてみる。まず社会学である意味での定番になっているのが、アンソニー・ギデンズの『社会学』だ。</p>
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<div class="amazlet-footer" style="clear: left"></div>
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<p>何度も改訂を重ね、そのたびにどんどん厚くなっていく同書だが、正直、読みやすくなっているとは言い難い。内容的にも、あまり体系だった印象は受けないかもしれない。なんじゃこりゃ、と思った人には、ぜひ原著を一読することをお勧めする。『Sociology』の原著は、翻訳とはまったく印象が異なり、フルカラー、写真やグラフたっぷり、レイアウトもきれい、と、味気なさこそが教科書の神髄だとでも思っているかのような翻訳本と同じ本とは思えない出来だ。</p>
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<p>似たような話で言えば、グローバル社会学の教科書として名高い、コーエンとケネディの『グローバル・ソシオロジー』も。こちらはグローバル化を題材に、社会学の古典から現代的な理論までを紹介する教科書。第一回目は講師が解説するつくりになっていて、また毎回の検討課題や参考文献なども載っており、自主的なグループ学習にも最適だ。内容の汎用性も高く、一度読んでおくと、レポートなんかで使えること請け合いだ（と去年読ませた学生が言ってた）。</p>
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<p>ただ、翻訳された版は前世紀に書かれたもので、グローバル化について語る際に避けて通れない、今世紀に入ってから生じたいくつかの出来事をフォローしていない。2007年に2nd Editionが出ており、また改訂も部分的なので、英語が得意な人は原著でも読んでおくといい。こちらはモノクロだけど、ギデンズ本と同じくヴィジュアルな要素も満載だ。</p>
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<p>視覚的な要素は、グローバル化のように「いまここ」ではない話を扱う際にはとても大事な素材なのだけれど、翻訳される際には著作権の関係もあってたいがい落とされてしまう。でも、たとえば何の変哲もない写真であったとしても、それは学生たちの理解にはとても大事なものになっている。フルカラー教科書でいえば、ジョン・マシオニスの『Sociology』なんかがすごい。各章の要約がチャート的にまとめられていて、ここまで親切に作った上で「お前ら勉強せえよ」と言うなら納得、と思う。考えてみれば、高校の世界史の資料集なんか、あんなにちゃんと作り込んであるのに、どうして大学教育では、その辺のエディトリアルをまともにできる奴がいないのだろうね。</p>
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<p>などと言ってもまた愚痴になるので、日本人向けの教科書だと、やはり有斐閣の『社会学』はかなりよくできている。などと僕が言うのも偉そうだけど、21世紀の標準的な社会学として妥当な目次立てになっていると思う。まあ実は、世界標準の教科書と比較した場合に、「宗教」の章がないことが個人的には不満なのだけど。あと、二色刷とはいえ、図版はちょっと素っ気ないかもしれない。コーエン＆ケネディ本と同じくらいかな。</p>
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<p>図版でよくわかる、と言えば『考える力が身につく社会学入門』。グラフ以外にも、僕が自分の本でずっとやってきたプレゼン風のチャートが充実していて、高校生が受験対策に読むにも分かりやすいものになっている。内容的には、有斐閣本と同じく「再帰性」や「個人化」という、現代社会の社会学的理解の基礎となる概念を背骨にしていて、ああここがいまの社会学の立ち位置なのだなと実感する。</p>
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<div class="amazlet-detail">浅野 智彦 <br />中経出版 <br />売り上げランキング: 222590</div>
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<p>ただ、やはり社会学というのは体系的に読んでいくのが難しい。背骨になる理論はあっても、それが逆に水戸黄門の印籠になってしまう危険性もある。個別の領域の深い部分に入り込みたければ、専門書を読む方がいいのだけど、あまり関心のない領域だと辛い。そういう場合には、各分野の細かな命題を集めた本がお勧めだ。これまでも有斐閣の『社会学の基礎知識』や、筑摩書房の『命題コレクション 社会学』のような、いまでも十分使える本が出ていたけれど、やはり日本社会学会プロデュースの『社会学事典』は圧巻。2ページに全ての命題を収めるのでいろいろと無理をしている部分はあるけど、これだけあれば漏れも少なかろう。</p>
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<div class="amazlet-detail">丸善 <br />売り上げランキング: 52011</div>
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<p>しかしここまで挙げて思うけど、基礎理論を背景にした練習問題の繰り返しみたいなディシプリンを持たない社会学の教科書って、どうしても分厚く、高価になる傾向にある。その幅の広さを持たない限り競争力を発揮できないのだとしたら、やっぱりこの高コスト体質って変わらないのかもしれない。</p>
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		<title>共通善は希望たりうるか</title>
		<link>http://blog.szk.cc/2010/05/10/is-common-good-our-hope/</link>
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		<pubDate>Mon, 10 May 2010 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[労働]]></category>
		<category><![CDATA[思考]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[最近、講義を含めいろんな場面で政治社会や民主主義について考える機会が増えて、どうしたものかと思っていた折に出版された、宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』を週末に読んだ。冒頭から面白いのは、「この本は、〈私〉という視点か [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近、講義を含めいろんな場面で政治社会や民主主義について考える機会が増えて、どうしたものかと思っていた折に出版された、宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』を週末に読んだ。冒頭から面白いのは、「この本は、〈私〉という視点からデモクラシーを考える本です」と書いてあるのだが、その〈私〉に「わたし」とルビが振られていることだ。もちろん、「私」は「わたくし」と読むのだ、などと国語の先生みたいな突っ込みをしたいわけではない。そこに、この本のテーマが端的に表れているのだ。それはすなわち、公的な場面で自分を語る一人称としての「わたくし」ではなく、私的な一人称としての「わたし」が、「私」の内実になっており、それがデモクラシーの前提になっているのが、〈私〉時代なのだ、ということだ。</p>
<p><span id="more-849"></span></p>
<p>本書の前半は、なぜその〈私〉感覚が広がり、問題を生んでいるのかが論じられる。ここで著者は、社会学者が「個人化 Individualization」と呼ぶ出来事が、「否定的な個人化」へと結びついていることを指摘する。つまり、自己決定、個人の社会からの自律という出来事が、リスク社会においては、人の行為を容易に自己責任へと帰責させることになるというのだ。土井隆義の言葉を使えば、人々が「個性を煽られる」ことによって、むしろ平凡きわまりない自分を見つめ直さざるを得なくなることで、彼らの自己意識は常に、何かが欠けたものとして立ち現れてくることになるというわけだ。</p>
<p>むろん、こうした一連の説明には、様々な背景情報を読み取ることができる。まず、デモクラシーにおける「個人化」と聞いて普通に人が思い浮かべるのは、人々がますます自分の利害にしか関心がなくなり、わがままになることで、公共的な決定が衆愚政治へと引きずられてしまうということだろう。だからこそ、個人化に対抗するためには、一人一人が政治に関心を持ち、私利私欲を抑制しなければならない、と考えられる。</p>
<p>だが著者は、本書においてそもそもそうした立場をとらない。個人化は前提であり、そこから始めるしかないという。しかしそこには独特の困難がある。個人化は、人々に「オンリーワン」な存在としての自己の確立を求めるが、その結果、社会的な連帯の絆は途切れてしまうというのだ。なぜか。それは、社会が流動化し、これまで日本を支えてきた「仕切られた社会保障」と「閉じた共同体空間」内部での差異化を通じた平等意識の醸成が不可能になったからだ。</p>
<p>かつては、高校に進学した段階で似たようなレベルの子に輪切りされ、その中で一流大学、二流大学へとさらに輪切りされ、二流私大に進学すれば、そのレベルに見合った企業に就職でき、そこでそれなりの給料をもらって生活できる「はずだ」という期待が成り立っていた。その生活保障は、「どうせ自分たちは東大に行った連中とはレベルが違う」というコンプレックスと、「身の丈以上の望みは持たないから、そっとしておいてほしい」という自意識とのはざまで、かろうじて満足を得られるものだった。</p>
<p>だが雇用環境の悪化は、その「レベル」に応じた「身の丈」の壁をぐずぐずに溶解させる。以前なら東大卒の子が志望しなかったような企業にエントリーしてくる東大生が増えると、その「下」の子たちは、東大生との競争を強いられ、さらにレベルを下げて就活することになる。結果的にそうして玉突き状に「下」に押しやられた一番下の人たちが、社会から排除される。</p>
<p>やっかいなのは、それにもかかわらず、就活が「やりたいこと」を実現する活動であるとされていることと、「どこでもいいから早く決まってほしい」という学生たちの諦念を接ぎ木する論理や制度が存在しないことだ。結果的に、「個性」をあきらめて「どうせこんなもん」意識で就職したのに、その「身の丈」に応じた自意識・制度上の防護壁は存在せず、より「上」からやってきた、自身も不満を抱えている「できる子」との競争を強いられ、「なんでこんなに働かなきゃいけないんだろう」となるわけだ。</p>
<p>著者は、こうした個人化された社会ゆえの困難を、人々が「社会」との関係の中で自己を取り戻し、連帯のきっかけを取り戻し、そこからデモクラシーが再生するというシナリオで乗り越えようとする。著者がトクヴィル研究者であることを考えても、そこで想定されているのは、ネオ・トクヴィリズム的な「共通善」へと人々が差し向けられていくことに「希望」があるということだろう。</p>
<p>こうした考え方に反対はないけれど、社会のすべてのイシューがそうした下からのデモクラシーで決定プロセスに乗せられるということもないだろうとも思う。ただ、こうした共通善の構築や政治共同体の再生というアイディアの反対側に、また別の解決策が模索されていることも確かだ。つまり、そうした共通善は、個人の自由を抑圧するものであり、そのような理念については中立的な立場をとった上で、個人が自由に自らの善を選び取ることのできるサポート的な制度を導入すべしという、いわゆる「リバタリアン・パターナリズム」の立場だ。</p>
<p>両者の対立は、ある意味で80年代から90年代の「リベラリズム対コミュニタリアニズム」の変奏のようにも見える。人は共同体を離れて自らの善を発見できるか否かという点については、そりゃ無理だねってことで決着がついていると思うけれど、じゃあそうした自己意識を涵養する共同体を、誰が、どの程度まで守ればいいのか、という点については、まだ論争の行く先すら見えていない。共同体の維持を主眼に置く権威主義は反感を受けるとしても、参入・離脱の自由を認めてなお維持可能な共同体はあり得るのか、だとすればどのようなテクノロジーが必要かなど、議論すべきことは山のようにあるはずだ。</p>
<p>共通善を基礎に置いた政治の再生は、一見すると口当たりがいいけれど、ともすれば、様々な前提を隠蔽して、共同的な生活が可能な人々以外を排除する方向にも作用する。特に社会の基盤が流動化し、そこで前述したような自意識を人々が抱えるようになった現代では、共同体は「身の丈の生活を守る防護壁」として求められるし、それを（ゲーテッド・コミュニティのように）商品として提供する動きも強くなる。共通善が希望であるとするなら、それは、何を実現する希望なのか。デモクラシーと個人の狭間に具体的な何を置くかが、次の思考のステップになるのだろう。</p>
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
<div class="amazlet-image" style="float:left;"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400431240X/soulforsale0b-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/317tnxKrXJL._SL120_.jpg" alt="〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書)" style="border: none;" /></a></div>
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		<title>大学には入ったけれど</title>
		<link>http://blog.szk.cc/2010/04/02/how-to-survive-at-your-universities/</link>
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		<pubDate>Fri, 02 Apr 2010 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は勤務先の入学式。毎年のこととはいえ、春先のキャンパスの浮かれた感じは独特のものがあって、年々垢抜けていく新入生も、このときばかりは戸惑いの表情を見せながらサークル勧誘のチラシを受け取っている。ほほえましい光景なのだ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は勤務先の入学式。毎年のこととはいえ、春先のキャンパスの浮かれた感じは独特のものがあって、年々垢抜けていく新入生も、このときばかりは戸惑いの表情を見せながらサークル勧誘のチラシを受け取っている。ほほえましい光景なのだけれど、その一方で、すでに道に迷っているというか、大学に入って何をすればいいのか分からなくなっているんじゃないかと思える子もいる。せっかくなので、大学で何をすればいいのか、少し書いてみようと思う。</p>
<p><span id="more-818"></span></p>
<p><strong>1. 友達なんかいなくてもいい</strong></p>
<p>いま、若い世代の間では、コミュニケーションが生活の中心になりつつある。その理由はいくつもあるのだけど、ともあれ周囲とつながりを維持できなかったり、そもそも誘われなかったりすると、生きていくのに大変不便だ、という強迫観念を持っている人が、それなりの割合で存在している。</p>
<p>でも一方で、大学というところは、基本的には個人で履修プログラムを決め、個人に成績がつくシステムをとっている。グループワークが入ることもあるけれど、修学旅行の班決めじゃないので、仲良しグループで作業が進むとは限らない。サークルの先輩や講義に出ている友人から、試験に関する有益な情報がもらえることもあるけれど、「オールA狙い」とか「一度も講義に出ずに単位を取る」みたいなチャレンジを企てているのでない限り、そんな情報は成績にたいして影響しない。なにより、いまの大学では、不出来な学生に単位を出さないというのがどんどん難しくなってきている。</p>
<p>もしかしたら、大学でうまくやってる連中が輝いて見えて、自分だけがそういう楽しい生活から疎外されているような気持ちでいるのかもしれない。でもそんな奴らも、「うちは表面上みんなと仲良くしてるけど、本当に心を開ける人なんかいない」なんて中学生みたいなことで本気で悩んでたりする。悩んでいる人ほど、他人のそういう悩みには、強がって嘲笑してみせたりする。</p>
<p>人脈や人の縁っていうのは、自分が持っている価値に応じて、自然と生まれるものだ。才能のある人には変人が多いけど、それは変人でも許されるくらい才能があるってことでしかない。友達を作るより、友達のできる自分でいるために、何ができるかを考えるほうがよっぽどましだ。</p>
<p><strong>2. 自由時間は有料である</strong></p>
<p>大学に入ると、とにかくヒマになる。真面目に講義に出ていても、なぜかヒマになる。その理由は、特に文系の場合、講義時間外での予習・復習が少なすぎることと、ゲームだのメールだの、細かい暇つぶしのツールができたせいで、がっつりと時間を使える場が減ってしまったことにあると思う。</p>
<p>けれど、そのヒマな時間は、君たちの学費を出している人がお金で買い与えてくれたものだ。君たちの親世代に当たるだろう50歳前後の男性の平均給与は、だいたい650万円くらい。国立大学の初年度の納付金が80万円くらい、私立大学だと120万円くらいだから、収入の1～2割が学費で持って行かれる計算になる。仮にこれを「月謝」のつもりで割ると、毎月6～10万は稼がないといけない。これが、君たちの自由時間の値段だ。</p>
<p>こういうことを聞かされると、素直な子ほど「ちゃんと有意義な大学生活を送らなきゃ」とか「親に感謝」とか言い始める。見上げた姿勢だけど、それだけじゃ意味がない。というのも、いまの君たちには、その自由時間の値段に見合う成果を上げる能力がないからだ。</p>
<p>大人になると、その時間に対する対価は、自分で払わないといけない。具体的にはそれは給料という形で反映されるのだけど、そのときになって単位時間に見合うパフォーマンスを出せればいいのであって、それまでは、他人のカネだからできることに力を入れよう。大人は、上手に甘えられるのが好きなのだ。</p>
<p><strong>3. 大学の財産を使い切る</strong></p>
<p>ちなみにその「有料」の中には、大学の設備の利用料も含まれている。たとえばパソコン室。暇つぶしに大学デビューしたmixiを見に行くだけになっている人もいるけれど、そこに入っているソフトウェアの中には、個人で買うと何十万円もするものがいくつもある。そのすべてが使える必要はないけれど、使えるとお得なものがたくさんある。ヒマでヒマでしょうがないなら、パソコンの参考書を買ってきたり借りてきたりして、ひとつふたつソフトの使い方を練習しよう。講義で用意されているWord、Excelの講習では不十分なので、まずはそのふたつとPower Point。余裕があればVisioやPhotoshop、Illustratorなどで図版を作成する練習。ビジュアル入りの資料を作れるというのは、地味だけどすごく印象のいいスキルになる。</p>
<p>もうひとつ忘れちゃいけないのが図書館。ただで本が借りられるだけじゃなく、新聞や雑誌だって置いてある。部分的にはコピーもとれる。しかもこれが、卒業したとたんに利用できなくなる。在学中に読んでおくべき本を「これ」って示すことはしないけど、蔵書の中からできる限り古いものを選んで読むことをおすすめする。それはきっと、マーケットプレイスにも、ネットにも出てこない情報だからだ。人が知らない（知り得ない）ことを知っているということは、それだけで大きな財産なのだ。</p>
<p>広すぎて何を見ていいか分からないという人は、図書館のOPACなどの検索端末に、適当なキーワードを入れて引っかかった本を読んでみよう。そのうち、書架がどのように整理されているかが分かってくれば、読みたいものを探すのも楽しくなってくるはずだ。また最近では、図書館の中でしか使えないデータベースの検索端末を入れているところも増えた。これも個人で契約すると年間何十万円もするものもある。調べ物だけでなく、暇つぶしで何か検索ワードを入力すると、新しい発見があるかもしれない。</p>
<p>ちなみに個人的なおすすめは「白書」だ。自分で買うには高すぎるけれど、白書にはかなり個性的なものもあるし、内容も具体的なものが多い。一度ぱらぱら眺めてみよう。</p>
<p><strong>4. 自己責任の意味を知る</strong></p>
<p>一言で言えば、大学生活は自己責任の世界だ。といっても、多くの人がこの言葉の意味を誤解している。自己責任というと、失敗しても誰も助けてくれないという風に思われているけれど、誰にも助けられずに生きていける人などいない。だから人は組織を作って、互いに助け合ったり、責任を分散できるようにしているわけだ。</p>
<p>そこで「責任」というのは、「他人のしでかしたことの尻ぬぐいをする」という意味だ。責任者になるっていうのは、誰かを助ける力を得て、それを行使するということに他ならない。だから大学生になって自己責任の世界に入るというのは、大人の助けを借りなくても、自分の力で（自分を含む）誰かを助けられるようになるということなのだ。子供の頃は、誰かがけがをして泣いていたら、大人を呼んでくるしかなかった。いまは自分で119番もできるし、簡単な手当だってできるはずだ。けがだけじゃなく、いろんなところで、そういう責任を果たせる場面が増えてくると思う。</p>
<p>と同時に、学生の君たちには、自分たちだけではすべての責任を果たせないことがたくさんある。犯罪とかは名前出しで報道されちゃうけど、学校には保護者同伴で謝りに行かなきゃならない。麻雀で借金をこさえたら、親が肩代わりすることになるだろう。そうやって、最後のところでは他人にケツを拭いてもらいながら、自分でできることを見つけて、実行していく時期のことを「モラトリアム」という。最後は誰かに頼ってもいいから、まずは誰かを助けるために自分に何ができるのかを考える練習期間が、大学生という時期なのだ。</p>
<p><strong>5. 大学生には価値なんかない</strong></p>
<p>そもそも、なんで大学に行くのだろう。まだ日本社会が全体的に貧しくて、逆を言えば成長の余地がたくさんあった時代には、親よりも子供の方がいい暮らしをできるはずだと信じられていた。学歴は、そのためのパスポートとしてとても重要だったから、大学に行かなきゃいけないって話になった。</p>
<p>でも、みんなが豊かになって、経済があまり成長しなくなると、子供が親よりもいい暮らしをできる余地がなくなってくる。少子化が進行し、子供一人にかけられるお金の額が増えるから、それに代わって、がむしゃらに勉強するより、その子なりの価値や生きる道を見つけてほしいと考える人が増えてくる。</p>
<p>いま、大学進学率は55%くらいだけど、18歳人口はピーク時だった約20年前と比べて半分近くまで減っている。ということで大学間の顧客（君たちと保護者のことだ）獲得競争が激しくなる。大学としては学生を甘やかすだけでなく、うちはいい大学だぞってことを示したいから、優秀な学生をアピールしようと必死になるけど、真面目に勉強した学生が社会で成果を上げるには何十年もかかる場合が多いから、スポーツ選手やタレントを集めて、短期的に目立とうとすることになる。</p>
<p>こういう時代には、大学生であるだけで何かの価値を帯びるなんてことは、まずない。言い換えれば、大学で一律に「してもらえる」ことだけでは、大学に行った意味を見つけるのは難しい。それは、だからもっと競争に勝つためにがんばれという意味じゃない。大学生活には、他人のカネと、ヒマと、自己責任が転がっている。それをわがままに利用せずにいるのはもったいないって話だ。</p>
<p>大人たちは、これだけカネと手間暇をかけても、君たちがどうせ「大学生活」を使い切れないなんてことは分かっている。だからこそ、使い切れないくらいの無駄を用意しておくことだけが、大学の価値なのだ。遊んだれ遊んだれ。</p>
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		<title>「ジリ貧」の美学</title>
		<link>http://blog.szk.cc/2010/01/08/aesthetics-of-underdog/</link>
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		<pubDate>Fri, 08 Jan 2010 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[思考]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[どんな事柄にも、美学というものがある。代表的なのは「滅びの美学」だろう。合理的な判断による生き残りではなく、美意識を貫いて滅びを選ぶという選択は、美が何者にも優越するという点で、それの典型的な例となっている。 しかしなが [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>どんな事柄にも、美学というものがある。代表的なのは「滅びの美学」だろう。合理的な判断による生き残りではなく、美意識を貫いて滅びを選ぶという選択は、美が何者にも優越するという点で、それの典型的な例となっている。</p>
<p>しかしながら個人主義化した社会では、その美学は、端的に「死ぬなら勝手に一人で死ね、俺を巻き込むな」という形でしか正当化され得ない。個人が選択する出来事なら、それでもかまわないのかもしれない。では、滅びの対象が、共同体や文化だった場合には？</p>
<p><span id="more-726"></span></p>
<p>ある時期から、徹夜自慢のようなものを意識的に避けるようになった。自分がどれだけ忙しいか、どれだけ寝ていないかをついつい口にしてしまうのは、誰でもやりがちなことだけれど、仕事をしていくうちに分かるのは、要求された時間内にタスクをクリアすることや体調管理も生産性のうちであり、「がんばればできる」というのは、自分のことを心配してくれる少数の人以外にとって、必ずしも歓迎されるスキルではないということだ。Twitterでは毎朝ニュースをクリップしているけれど、これももう10年近く続けている習慣で、そのリズムをキープすることが、自分の中の重要なバロメーターになっている。「当たり前のようにできること」をカタログ化しておく方が、長期的に見て意味があるだろうという判断だ。</p>
<p>そういう考え方に至るようになったきっかけは、ウェブ日記に書いていた多忙自慢を、友人にとがめられたからだった。単に心配をかけるというだけでなくて、それが発信されることで、忙しさ、慌ただしさのようなネガティブな感情の連鎖が拡がっていく。オンラインでもオフラインでも、そうした多忙自慢の連鎖が、「このくらい働いて当たり前」「途中であがる（オフラインになる）のはさぼっている証拠」という空気を醸成する。「どうせならみんなでダメになろう」というわけだ。</p>
<p>地位のある人や、年配の方と話す機会が増えた。どの人も、現在の日本がいかにダメかについて、それなりの危機意識を持っており、そのことについて話してくれるのだが、それでもどこかに「ダメの連鎖」を感じないわけではない。「いやあ、もうどうせダメだよね、だっはっは」と。困るなあ、と思うのは、その滅びの美学を貫かれると、一緒に沈まされるのはまだ可能性のある若い世代なのだが、ということだ。</p>
<p>その若い世代の中にも、閉塞感は漂っている。「このままじゃダメだ」と誰もが言う。しかし30代も半ばにさしかかった同世代は、続けてこう言う。「でもいますぐには無理なんだ」。そこには、滅び行くシステムの中で、こんなものどうせいつか崩壊するという感情と、仕事としてそれを支えなければならない義務との間のジレンマがあるのだろうが、僕にはそれも、別種の「滅びの美学」にしか見えない。未来のカタストロフを待望しながら、現在を維持しようとするその矛盾した振る舞いは、どこか宗教じみている。破滅への信仰は、虐げられた人々のすがる定番の希望だからね。</p>
<p>そういう状況に苛立つ人々は、希望を捨てろとか絶望から出発しろとか、いや希望の話をしろとか、どれもうさんくさいから、実行可能なソリューションだけを提出しろ、と叫ぶ。僕も同意見だ。しかし、彼らがひとつだけ分かっていないことがある。ソリューションは、それが実行可能だと信じる人々に支持されなければ、やっぱり実行フェーズには乗ってこないということだ。これは「科学」と「政治」の間の微妙な関係の問題でもある。科学者がソリューションを出すだけでは支持は得られないが、政治家の言うソリューションなき希望は危険だ、という。</p>
<p>このあたり、専門的にはギデンズの政治理論あたりにつながる話なのだけど、僕が考えているのは、じゃあ日本で、あるいは特定の地域や領域で、「ソリューションのある希望」に人々を差し向けていくやり方は、何かあるだろうかということだ。</p>
<p>たとえば、紙媒体の産業規模は、年々縮小している。あるいは、関西の人口は、過去30年流出超過に陥っており、東京への集中が進んでいる。両者に共通するのは、その現状を知ってなお変化を拒む「滅びの美学」が働いていることじゃないか、と思う。確かに、産業規模や人口が拡大するのはいいことかもしれない、けれど、そのために私たちの大事なものを失うくらいなら、ジリ貧の方がましだ、という。そういう考えの人ばかりではない、と当事者たちは言うけれど、突き詰めて話をしていくと、やっぱり「変えなきゃいけないけど無理なんだ」という話が出てきてしまう。人は、ジリ貧になっても守りたいもののために生きることがあるのだ。</p>
<p>文化や地域性は、それを大事に思う人がコストを負担して維持していかなければならない、と考えているうちは、ジリ貧は避けられないだろう、と思う。第一次産業や出版文化、地域コミュニティに関わり、大事に思っている人ほど、なぜか最後は「みんながそれの大切さを理解して、支えていかないとダメだ」と言い出す。そう言われるほど、関心のない人は負担の要求から逃げ出そうとするし、科学的知見では「それが合理的な行動だ」としか説明できない。</p>
<p>ソリューションとは、それを選択するのが望ましいけれど、選択の利害関係者にとっては内的な価値合理性に抵触する道を選んでもらうようにし向けることだというのが、僕の考えだ。衰退していく第一次産業を生き残らせるためには、流通の見直しや産品のプレミアム化が避けられないが、そのことで仲買人や八百屋や魚屋が職を失うかもしれない。この問題を解くには、流通業者が転職をしやすい環境を作って、そちらの仕事を選んでもある種の「誇り」が失われないようにしてやるか、日本全体で現在の流通システムを支えられるように、たくさんの補助金をつけ、そのことに同意が得られるように、第一次産業保護に向けた啓発活動に予算をつけるか、そんな感じの選択があり得るだろう。いずれにせよ、その選択に「ポジティブな同意」を調達するところまでをソリューションと考えなければ、所詮は「机上の正解」でしかあり得ない。</p>
<p>とはいえ人の同意なんて簡単に調達できないわけで、じゃあほかにどういう道があるかと考えると、善意でそのシステムを支える少数の人の、まさに「善意」にレバレッジをきかせられる仕組みを作るとかじゃないかな、と思う。たとえばファンドによる資金調達。予算不足から開催期間の縮小を迫られ、そのことでさらに参加者を減らした神戸ルミナリエの場合、募金という直接の善意だけではもはや回らないのだから、それを元手に資産運用をして、善意をふくらませるというのはどうか、と思うわけだ。もちろん、そのことで「本来の意義が損なわれる」と怒る人がいるだろうことは、容易に想像できる。運用益なんて信用できるか、という声もあるだろう。「レバレッジのきいた善意」の対極にある「タニマチによるパトロネージュ」に頼る傾向の強かったこの地域では、特にそうかもしれない。</p>
<p>限られた善意を元手に自前でリソースを調達するか、少数の大金持ちの善意に頼るか。僕はメセナにせよタニマチにせよ、パトロンが支える何かというものを基本的に信用していない（なぜなら信頼は金で買えるから）ので、後者に頼りつつジリ貧の美学を追究するくらいなら、前者の方が「いい」選択なのじゃないかと思うけど、まあそこから先は、「おまえの言ってることが正しくても、おまえが言う限りそれは選ばない」問題が出てくるのだろう。近代合理主義の限界？最初からそんなもの、具体的な人の生きる現場では限定的なものに決まっていたのだ。</p>
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		<title>君の敵はそれです</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Oct 2009 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[思考]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[先週の土曜日は、勤務先の研究所主催のシンポジウム。明確なテーマは現場を持っている他のパネリストの方たちに囲まれて何を話したものか当日まで悩んでいたのだけど、結局話の流れ上、持ち出したのはだいたい二つのネタ。ひとつは「戦争 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先週の土曜日は、勤務先の研究所主催のシンポジウム。明確なテーマは現場を持っている他のパネリストの方たちに囲まれて何を話したものか当日まで悩んでいたのだけど、結局話の流れ上、持ち出したのはだいたい二つのネタ。ひとつは「戦争」というキーワードについて。「見えない戦争」というときそこにはどうしても、ストリートにおける排除、体感治安の悪化に基づく取り締まりの強化といった出来事が想起されるし、それは結局「排除しているのは私たちだ（もっと反省しよう）」という帰結を導くのだけど、もう少し、構造問題で語れる部分があるんじゃないかということ。</p>
<p>具体的には、「戦争」が国家によって集約された「力」の間の争いだとするならば、19世紀から20世紀の前半は「軍事戦争」が主体の時代であり、20世紀の後半、とくに最後の30年で「経済戦争」のレイヤーがそこに加わり、21世紀には「文化戦争」、すなわちコンテンツや都市の魅力が争われるという様相が付け加わったと見ることができる、ということ。具体的にはクール・ジャパンなどのコンテンツ政策や、「クリエイティブ・シティ」などの取り組みがそれに当たる。僕はその全てを否定するものではないけど、それが「クリーンな公共空間」を生み出すために、ある種の人々を排除する動きを推し進める要因になっていることは事実だろう。何より、「価値の戦争」である文化戦争は、軍事・経済戦争と異なり「資源の集約性」を問題にしないから、総動員体制を採用しない。才能のある人間が優遇され、創意工夫の出来ない人間が下働きをさせられる、そういう非対称な社会へと向けられていくのだ。これがひとつめ。</p>
<p><span id="more-620"></span></p>
<p>もうひとつの論点は、「敵対する」とはどういうことか、という話だ。当日の話を補足しながら書くと、まず、エヴァンゲリオン（20世紀版）に代表されるように「敵は誰なのか？敵はどこから来るのか？」といった問いに対して「敵は自分の内面」「最後の敵はやはり同じ人間」と答えるような、再帰的、あるいはより直接的な言い方として「自家中毒的」と言うべきモードが、「敵対」ということの意味を見えにくくしているということがある。結局は敵を敵だと思う僕らの中にこそ本当の敵がいるのだ、的な。</p>
<p>こういう再帰的な敵対性について考えるとき、「敵について」という詩はほんとうによくできていると思う。この詩が『亡念のザムド』の中で繰り返し使われていたことはとても象徴的で、「考えろ、考えないと、石になっちまうぞ」という、全体のテーマでもある警句の持つ両義性を、よく表現していたのではないか。</p>
<blockquote><p>私の敵はどこにいるの？</p>
<p>　　君の敵はそれです<br />
　　君の敵はあれです<br />
　　君の敵は間違いなくこれです<br />
　　ぼくら皆の敵はあなたの敵でもあるのです</p>
<p>ああその答えのさわやかさ 明快さ</p>
<p>　　あなたはまだわからないのですか<br />
　　あなたはまだ本当の生活者じゃない<br />
　　あなたは見れども見えずの口ですよ</p>
<p>あるいはそうかもしれない敵は……</p>
<p>　　敵は昔のように鎧かぶとで一騎<br />
　　おどり出てくるものじゃない<br />
　　現代では計算尺や高等数学やデータを<br />
　　駆使して算出されるものなのです</p>
<p>でもなんだかその敵は<br />
私をふるいたたせない<br />
組み付いたらまたただのオトリだったりして<br />
味方だったりして……そんな心配が</p>
<p>　　なまけもの<br />
　　なまけもの<br />
　　なまけもの<br />
　　君は生涯敵に会えない<br />
　　君は生涯生きることがない</p>
<p>いいえ私は探しているの 私の敵を</p>
<p>　　敵は探すものじゃない<br />
　　ひしひしとぼくらを取りかこんでいるもの</p>
<p>いいえ私は待っているの 私の敵を</p>
<p>　　敵は待つものじゃない<br />
　　日々にぼくらを侵すもの</p>
<p>いいえ邂逅の瞬間がある！<br />
私の爪も歯も耳も手足も髪も逆だって<br />
敵！ 叫ぶことのできる<br />
私の敵！ と叫ぶことのできる<br />
ひとつの出会いがきっと ある</p>
<p>（茨木のり子「敵について」）</p></blockquote>
<p>敵を明確に名指すことができない苛立ち。敵にもひとつの命があり、生活があり、事情があるということを知ってしまうことの怖さ。それを踏み越えてまで敵と出会えたとき、それはまさに邂逅と呼ばれるべき生の充溢する瞬間であり、だからこそ待ち望まれているものだ。しかし、現在、僕たちが直面している敵とは何か？それは、「ネオリベ」であったり、「既得権」であったり、「権力」であったり、まさにデータやメディアの中で作られるものじゃないのか。</p>
<p>政治家にプライバシーがあるかないか、という話の政治的な理屈はさておき、彼らにプライバシーを求めるべきではないと僕たちが同意するとき、そこには彼らから「生活」や「事情」を剥奪し、彼らをまったき「敵」として名指したい、という欲望が見え隠れしている。麻生邸デモなんか、そういうイベントだったのかもしれない。</p>
<p>そこで、安易な敵探しはいけない、と言うだけでは、茨木の描く逡巡に逆戻りするだけだろう。考えないと石になるけど、考えすぎても石になる。奮い立つような明確な敵対関係を名指せない状況で、どうやって「敵対する」ことが可能になるのか？ひとつのヒントとして僕が挙げたのは、吉本隆明の「マチウ書試論」における次の一節だ。</p>
<blockquote><p>現代のキリスト教は、貧民と疎外者にたいし、われわれは諸君に同情をよせ、救済をこころざし、且つそれを実践している。われわれは諸君の味方であると称することは自由である。何となれば、かれらは自由な意志によってそれを撰択することが出来るから。しかしかれらの意志にかかわらず、現実における関係の絶対性のなかで、かれらが秩序の擁護者であり、貧民と疎外者の敵に荷担していることを、どうすることもできない。荷担の意味は、<strong>関係</strong>の絶対性のなかで、人間の心情から自由に離れ、総体のメカニスムのなかに移されてしまう（『マチウ書試論』139P、強調は原文傍点）。</p></blockquote>
<p>敵対する、という関係の絶対性こそが、自由意志によるはずの振る舞いを、システムの中に埋没させてしまう。というより、人が自由意志で敵対するときにこそ、そこにシステムの作動が介在している。僕は吉本のこの言葉から、むしろ「敵対」の重要性を感じ取った。つまり、明確な敵と相対するときにこそ、僕らはシステムの存在を意識できるのではないかと。</p>
<p>たとえば、取材する側とされる側。ネット的には、取材する側は「マスゴミ」だし、無垢な僕らを犯す横暴な権力だ。しかし一皮むけば、取材する彼自身も、不安定な雇用の中、とにかくデスクに気に入ってもらえる記事や写真を持っていかないことには、明日の生活の保証がない、という生活の事情が横たわっている。こうした個別の事情を覆い隠してしまい、勢いだけで強者と弱者が分かたれ、「弱者が強者を叩く正義」が立ち上がることを批判する向きには、ネットの暴走は様々な意味で問題を抱えていると映じるだろう。</p>
<p>しかし、『ウェブ社会の思想』の最後に書いたことにも通じるのだけど、私たちが憎しみの感情をも含めて、他者関係へと開かれることは、どうにも止めようのない出来事である。むしろ僕たちは、そういった対立関係の中でこそ、どうしようもなく「歯車」たる自分を意識するのである。そのことを忘れてしまうことこそが、自らを無垢な「被害者」と名指し、自分はシステムに対する罪も責任も持たないのだという主張を通させてしまうということなのだ。いったい、「強者」だったことのない人間など存在するだろうか？</p>
<p>00年代の新自由主義と、新自由主義批判、両方に共通したのは、「システムを敵として見える化する」振る舞いが、メディアを通じて安易に行われたことだと思う。個別の人ではない。そうした事情の向こう側にある、僕たちを奮い立たせない「算出された敵」を、あたかも顔を持った存在として「叩く」ことができるように戯画化する。そういう時代だったんだと思う。論壇と称する場所では、「ロスジェネ」だの「リフレ派」だの、複数の論者の細かな差異を捨象し、批判者（賛同者も！）にとって都合のいい主張をミックスさせてできあがった「怪物」叩きが横行し、「誰がそんなアホなことを本気で主張しているのか？」ってことがよく分からないまま、「叩く元気」だけが重んじられていたのじゃないか。</p>
<p>現実に殴りに行ってすっきりするような敵は、たぶんもういない。暴力がなくなった訳じゃないけど、殴った奴を殴り返せば済むと思えるほどには、僕らは愚かではなくなってしまったのだ。でもだからこそ僕たちは、「見えない敵」のことを考える前に、「見える敵」と、奮い立つような対立をすることが求められるのじゃないか、そんな風に思った。そんなわけで「見える敵」と「見えない敵」の間で揺れ動く雨宮さんの飯田対談は素敵だったなと、まあそんな話。</p>
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		<title>7月のいただきもの＆読書</title>
		<link>http://blog.szk.cc/2009/07/31/books-0907/</link>
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		<pubDate>Fri, 31 Jul 2009 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[ロスジェネ]]></category>
		<category><![CDATA[感想]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>今月も、自分で買って読んだものの一部を含めてご紹介。</p>
<p><span id="more-500"></span></p>
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<p>著者の藤生さんからいただきました。姜さん、上野さん、宮台さんといった社会学者を含め、団塊から50代の世代にとって、吉本隆明という人がどういう意味を持っていたのかを聞いたインタビュー集。そこから見えてくるのは、「知識社会の外側」としての吉本がもたらした衝撃だ。良くも悪くも、戦後社会の大衆性をぶっちゃけちゃったというか。それがどこに繋がったのかという意味での「DNA」は、特に現代においてはよく分からないけれど、以前Lifeでも喋った「思想の科学－吉本隆明－講壇マルクス主義」の三対の図式は、論壇的な対立の意味を考えるときには、いまでも有効なんじゃないか、と思う。</p>
<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
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<div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%">
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<div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;">
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<div class="amazlet-info" style="float:left;margin-left:15px;line-height:120%">
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<p>前者は担当編集の方から、後者は著者の和田さんからいただきました。毛利さんの本では、カルチュラル・スタディーズの立場からストリートのアクティビティを評価し、ポストモダン思想が脱政治化されていくのと入れ替わるようにして登場したそれらの「ストリート」が、政治性を帯び始めていることが指摘されている。むろんこうした「年代論」は、常に「偽史」でしかあり得ないし、納得できる部分も、そうでない部分もある。ただそういう「90年代の転換」を語るアクターが複数存在すること自体には、十分意味があると思う。</p>
<p>和田さんの本では、これまで書かれたいくつかの文章を集めながら、ランシエールの思想を軸にした「実存主義的な政治」の意味が語られていると読んだ。政治問題化されることで、その問題をつくり出す要素、いち客体として構成されることに抗う権利としての「街路への権利」を求める和田さんの主張は、ルートも結論もだいぶ違うとはいえ、毛利さんの本に通じている部分がある。</p>
<p>というより、両者はともに、ふたつの意味で00年代的な〈政治〉に抗おうとしているのだと思う。ひとつは、いわゆる既存の「左翼」の語り。和田さんは「フリーター」という「蔑称」が、社会問題化された瞬間にアイデンティティとして機能し、虐げられた人々という正当性を得る、その構図自体を批判する。すなわち、何かに抗おうとすることでは、誰かがその構図を生み出すことに抗えないことを告発しようとしているのだ。彼らにとってその構図を生み出す元凶は、既存の政党左翼とマスメディアの結びつきなのだろう。</p>
<p>そしてもうひとつの〈政治〉とは、それにも関わらず彼らがそこに「政治性」を見出していることからも明らかなとおり、「脱-左翼（反左翼ではない）」の極北としての価値相対化や、いまここでの現状に満足しながら生きるような人々、それを肯定する00年代的ポストモダンへの抵抗だ。おそらく彼らにとって、こうした一見価値中立的で、個人の自由を肯定する議論こそが、資本主義の原理による人間の序列化を肯定するという意味での「新自由主義イデオロギー」と結託し、その広がりを後押ししているということになっている。その非政治的な〈政治〉性は、隠蔽されているがゆえに許し難いものなのだろう。それに抗するための「政治」が、ストリートのポテンシャルとして存在しているというわけだ。</p>
<p>けど正直、僕はその図式は分からないでもないけど、随分と的を外した藁人形叩きだなあとも思う。ポストモダン思想が消費社会と結託して社会への批判性を失わせるかどうかなんて、それこそ吉本－埴谷論争の頃から問題になっていたことだし、まして知識人・言論人・文化人のポジションが当時よりはるかに後退しているいま、たかだか1万部程度の流通の本を書いている論者が新自由主義を後押しするとか、どう考えてもあり得ないだろう。この点では、経済政策と戦後の政治史を材料に社会分析をする後藤道夫のような人の議論の方が、はるかに説得力がある。</p>
<p>ちなみに僕自身は毛利さんや和田さんの言うことそのものには賛成で、というより一昨年の紀伊國屋書店でのイベント以来言い続けている、文学とか実存の価値の見直し、っていうのが、まさにそれに当たっている。実存の語りを政治化する回路が容易に生まれていることと、それに対するカウンターとして、実存から完全に切り離された「科学的」施策が打ち上げられる（べきだ）という主張の間の対立、いわば「市井の人々の実存を賭金にした政治」こそが、特に00年代に新自由主義的な政策や考え方を浸透させる要因になってきた、というのが僕の考えだ。それに抗おうとすれば、実存を政治化されないままに温存し、彼らのそのような領域を温存するために「科学的」手法を用いることが必要になるのではないか。</p>
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<p>気鋭の階層論、若年雇用の研究者による教科書。近年の若年雇用について一般に言われていることと、階層論の種々の道具立て（階級論から実証データまで）を対比させつつ、現状がどうなっているか、どのような対策が必要であるかについて述べられている。カバーする範囲は妥当な広さだし、実証的な裏付けをもって、非正規雇用におけるジェンダーの問題や、ロスジェネだけが特別に不幸なわけではないことを明らかにしているなど、僕が今まで書いてきたこととも繋がる――というより社会学者なら当然そう書くはずの――論点が列挙されていてとても役に立つ。</p>
<p>一方で残念なのは、政策的アウトプットの弱さだ。「はじめに」の部分では随分と威勢よく、次のように語られている。</p>
<blockquote><p>あるとき非正規雇用について授業で議論していたら、ある学生が「いくらこんなことを教室で議論しても、非正規雇用はなくならないし、格差も埋まらない」といった悲観的な意見を述べたことがあった。このようなペシミズムは、私たち社会学者が生みだしたものである。社会の将来に対して何の展望も示さず、事実を並べ立てて曖昧な解釈を加えたり、一見面白い「ものの見方」を提示するだけで、社会を改善する可能性について地道に探求することを怠ってきた私たち社会学者が、社会と社会学に対する絶望を生んできたのである。<br />
非正規雇用について研究するのは、非正規雇用の現状を正確に把握し、評価し、状況を改善する策を知りたいからである。価値判断や政策提言から逃げていては、何のために研究しているのか分からない。著書は、学術雑誌の論文と違って同業の研究者のチェックを受けていないので、質の高さの保証は受けられないが、そのかわり自由に価値判断や政策提言に踏み込んだ議論ができる。</p></blockquote>
<p>まったくエビデンスのない主張であることを除けば、正しいことをおっしゃっている、と思う（ちなみに著者は、データのある現状の把握についてはとても実証的だが、それ以外の部分については思いこみや無根拠な断定による非難が目に付く。こうしたダブルスタンダードを平気で採用する人が、なぜか「実証」の大切さを説く人に多いように思えるのは、僕の認知バイアスなんだろうか）。では、その踏み込んだ政策提言とはどのようなものか。</p>
<p>まず挙げられているのは、コンパラブル・ワース（同一価値労働・同一賃金）の原則にのっとり、賃金格差を一定程度認めつつも、必要に応じて政府支出などで、人生のさまざまな局面でかさむ支出をカバーすべきだということ（P59）。それから、教育の階層化と標準化、具体的には高校の職業科の拡充と全国統一テストの導入（P163-165）。最後が、エスピン=アンデルセンを援用しつつ、日本を社会民主主義レジームへと近づけていくということだ（P175 ）。</p>
<p>2点目の教育については、著者も述べるとおり一定の留保が必要だけれども、ある程度納得できる。しかし1点目と3点目、とくに社会民主主義レジームについての議論はいただけない。ライフステージに応じてお金がたくさん必要な時期に、現行のザルのような制度ではなく、きちんと政府保障を受けられる仕組みは絶対に必要だ。しかし、そんなことはみんな分かっているのだ。むしろ問題はその財源をどのように確保し、また配分するかということであるはずだ。そしてその点についての実証的なモデルは、既に経済学や社会保障論などでたくさん論じられているのである。</p>
<p>また社会民主主義レジームにしても、「日本の文化的伝統を振り返ってみるに、決してアングロサクソン型の自由主義レジームと親和性があるわけではない」（P175）と論じているが、こちらについても、アングロサクソン社会が個人主義の自由競争社会で、日本はそれとは異なるという「神話」が、実証的に誤りであることが既に社会心理学者たちによって何度も指摘されている。それだけでなく、海外の社会民主主義モデル（例えば北欧など）を、どのように日本型にアレンジすることができるかという点についても、宮本太郎さんたちのチームを始め、政治学でかなりの実証的な蓄積があるし、経済誌のレベルですらもうちょっと丁寧に取り上げているはずだ。</p>
<p>本書で一番残念なのは、こうした蓄積がほとんどスルーされ、社会民主主義レジームに向かうために一般市民ができることとして、労働組合を支持すること、社民政党に投票すること、といった、ごくごく一般的な「解決策」しか述べられていないということだ。確かに市民にできることは少ないかもしれないが、政治制度を選ぶのはその市民なのであり、彼らが社会民主主義レジームの中身や、日本への応用可能性について少しでも理解していなければ、結局はお仕着せの「左翼」の政治に回収されること――有象無象の一票になること――しか、できることはなくなってしまう。それはあまりに有権者を馬鹿にした発想ではないのか。</p>
<p>格差なんてなくならない、という社会学へのペシミズムを生み出したのは、いいかげんな社会解釈を振り回す自称・社会学者ではなくて、政策提言をすると称して、さんざん数式を勉強させた挙げ句、しょーもない一般論を結論に持ち出す社会学者なんじゃないか、と思う。読み終えて、ああ社会学は政治学や経済学に比して、非正規雇用問題についての政策提言能力は著しく劣るのだな、と皮肉のひとつも言いたくなった。本書の言う「政策提言」とは、あくまで「何をすべきか」という水準の話であって、「それをどうやって達成するか」といった話は、どうやら学者の仕事の領分外だということになっているらしい。</p>
<p>ちなみに普通に教科書として書かれている部分はとても充実している。個人的には階層帰属意識の問題など、階層論からでも社会学の理論的な醍醐味に迫れる部分はあるのに、さらっとしか触れられていないのがもったいないなとか、思うところはあるけれど、教科書指定するにはとてもコンパクトで役立つ本だと思う。それだけに返す返す残念なのは、どうでもいい藁人形叩きが散見されることだ。根拠なく構築された仮想敵叩きこそが逆機能をもたらすという点に対しては、左翼も、ストリートも、実証主義者も、同じように鈍感なのだと思う。</p>
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<p>佐々木さんの新刊。めんどくさい本である。別に貶しているわけではなくて、どのように本書を取り上げようとも、それ自体が既に本書の中に既に折り込まれた主張のようになってしまうからだ。そりゃもちろん、多くの人が、佐々木敦の初の新書として浅田、宮台、東という、昨今の「思想」のド本命ラインを選んできたことに、驚きを禁じ得ないだろう。むろんそこにも著者なりのオリジナリティはあって、例えば本書では上野千鶴子や仲正昌樹が「ポストモダン」を語るときの定番である、連合赤軍と消費社会化の問題についてはほとんど触れられず、一方で80年代を起点とした「その後」の展開／転回がメインテーマになっている。</p>
<p>多くの本が、90年代以降の流れについて、「80年代の歪んだ帰結」的な扱いになっているのに対して、今の若い子が読みたかった――そして当時を知る人が納得のいく――「偽史（あるいは稗史）」が出てきたことは、とても大事なことだ。ただ、こうした「大阪風のたこ焼きしかないから明石焼きを作ってみました」流のアプローチは面白いのだけど、「でも佐々木さんパスタとか作れましたよね?!」とも思うわけだ。まあ、きっと本書に続く作品が、たらこスパゲッティもびっくりのアレンジ・パスタになっているのだと思うんだけど。</p>
<p>しかし本書を読んであらためて思うのは、「ポストモダン」なる思想のややこしさだ。本書で引かれている蓮見の指摘にも繋がることだけれど、ほんとうのポストモダンは、モダンとかポストモダンが意識もされなくなり、それこそポストモダン的な原理に則ってポストモダンが徹底批判されることなのだと思う。その意味で、パフォーマンスとして現状肯定が導かれた80年代と、思想の否定と現状否定が共犯する00年代は、原理において完全に地続きだ。僕はそれをポストモダンとは呼ばないし、ましてポストモダニストですらないけれど、そういう扱い方で00年代の風景を描写すれば、来年辺りの（局所的）ベストセラー狙えるんじゃね？とは思った。</p>
<p>追記：前の職場に届いていたものや、紹介できていなかったものも挙げておきます。</p>
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		<title>直列につながった僕たちは</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Jul 2009 14:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
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		<description><![CDATA[春アニメも終了の時期になり、どっちを先にしようか悩んだのだけど、まずは「東のエデン」の感想から。どうしても神山作品というのは批評というか「難しいこと言い」に評判がよくなるわけで、エンターテイメントとして楽しい作品にこそ、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>春アニメも終了の時期になり、どっちを先にしようか悩んだのだけど、まずは「東のエデン」の感想から。どうしても神山作品というのは批評というか「難しいこと言い」に評判がよくなるわけで、エンターテイメントとして楽しい作品にこそ、「過剰」としての批評が蛇足のようにくっついてくるものなんじゃないかと思っている僕としては、批評的な価値があるからこの作品を褒めていると思われるのもイヤなのだけれど、ともあれ確かに難しいことを言いやすい作品だったと思う。</p>
<p><span id="more-486"></span></p>
<p>ただ、それを離れてこの作品を評価するのは難しい。羽海野チカの手によるキャラクターは、どんだけ滝沢が森田さんにしか見えなかろうと、それゆえにこそルパンIII世やシティーハンター、そして神山監督のS.A.Cシリーズに連なるシリアス・アニメの枠をいい意味で壊していたし、嫉妬したり、野望を抱いたり、大きく展開する物語にただ戸惑ったりする登場人物たちの「普通」っぽさが際だつという点でも、いいコラボレーションだったんじゃないか。</p>
<p>それでも、繰り返すけどそれ以外の部分の評価は難しい。「ノブレス携帯」というアイテムの謎を、「記憶喪失の主人公」とともに解き明かしていくという展開は構成としてとてもよくできているし、ある程度ストーリーが進んで、この「ゲーム」の仕組みが分かってからは、セレソンや東のエデンのメンバーそれぞれの意図が絡み合って、並行する物語に引き込まれるようにできている。しかしだからこそ、僕たちはゲームそのものの妥当性に疑義を挟むことを禁じられてしまうのだ。</p>
<p>ノブレス・オブリージュという単語が出てきた時点で、これまでの神山監督の仕事を知っている人ならば、これが「S.A.C. 2nd GIG」から連なる問題関心を具体化した者であることはすぐに分かっただろう。以前、S.A.C.三部作のブルーレイディスクの特典用に監督と対談させてもらったときも、彼は「エリートがネタとして消費されてしまうこと」の問題をしきりに挙げていた。クゼのような人物が、300万人の、おそらく難民というよりは単なる傍観者たちに接続されて消費されるのに対して、合田のような「プロデューサー」こそが、（おそらく初音ミク楽曲の作者としてのプロデューサーと同じ意味で）ネット的なコミュニケーションの中に入り込んでいる。この段階で既にエデンの企画はスタートしていたのだと思うけれど、ともかくS.A.C.までは、「公的意志を持つエリートとエリートを消費する大衆」の図式が描かれていたわけだ。</p>
<p>「東のエデン」でも、テレビシリーズの後半、滝沢が記憶を自ら消した理由が、まさにそうした「エリートを消費する大衆への絶望」にあったことが示唆される。しかしながらそれを知ってなお滝沢は、2万人の「ニート」たちを集め、彼らの前に再び悪人として登場し、彼らにミサイルを打ち落とすための策を考えさせるのである。</p>
<p>そこで滝沢が言う「あいつらは直列に繋ぐと、すごいポテンシャルを発揮するんだ」という台詞は、おそらくこの段階での本作の核心だろうと思う。つまり滝沢は、「善導するエリート」ではなく「システムを使うエリート」の道を選んだのだ。あるアーキテクチャを設計しておいて、そのメカニズムの上で人々を「直列」に接続し、その中からアーキテクチャが最適と判断した解を採用するのである。</p>
<p>これは要するにインターネットの「集合知」を利用し、社会を変えようという話なのだと思う。興味深いのは、滝沢は「ニート」たちの個別の能力には、大して期待していないしむしろ絶望しているのだと思うけれど、そんな連中にも何かひとつくらい才能があって、「直列」につなぐ――つまり「水平」の組織分業ではなく、同じタスクをたくさんの人間に一斉にやらせる――ことで、ひとりではできなかったことができるようになるかもしれない、と考えたわけだ。</p>
<p>我田引水な話になるけど、これは僕の言葉で言えば、「工学的民主主義」のエリートから、「数学的民主主義」のエリートへとイメージを変えたということなのだと思う。つまり、人々に民主的な意志をインストールするエリートではなく、利己的な人々の振る舞いを公共的なものに変えるアーキテクチャを用いるエリートだ。さらに本作では、そのアーキテクチャを設計した東のエデンのメンバーではなく、彼らを見出し、巻き込んでいった滝沢が「王子様」として君臨するという点が重要だ。アーキテクチャ話っていつも、結局ソースを書くプログラマーの役割こそが重要だ（だからプログラムを分からない公共的な意志を持った人物による統制が必要だ）、って話になりがちなのだけど、そうではなくて、人々を巻き込むシステムを作る人物を巻き込む才能こそが、エリートの資質なのだという話になっている。</p>
<p>その意味で、氷川竜介さんには『サブカル・ニッポンの新自由主義』を参考文献として挙げていただいたのだけれど、僕としては『ウェブ社会の思想』の話の方が近いんじゃないかという気がする。そしてこの後に続く映画二部作では、きっと僕が考えていたことの「先」、つまり、エリートとして君臨した滝沢の、最終的な退出が描かれるのだろうと思っている。なぜなら、究極のシステムとは、エリートがいなくなっても以前と変わらずに作動するものであるからだ（これは随分昔から、宮台さんが言ってたことでもある）。というわけで、僕としてはこの続きに期待すると同時に、「なんかでも今回も『やっぱりダメでした』」的なオチになったらいやだなーという予感もしてきているのだった。</p>
<p>あ、関係ないけどノブレス携帯の商品化を切に希望します。</p>
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		<title>行き詰まるセオリー</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Jul 2009 14:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>charlie</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑記]]></category>
		<category><![CDATA[思考]]></category>
		<category><![CDATA[感想]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>

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		<description><![CDATA[全部は読み終えてなかったので、いただきもののエントリに入れられなかった稲葉振一郎『社会学入門』を読了。全体としてはまっとうな「社会学」の「入門」で、いわゆる学説史中心の基礎論・原論的なものとは違うけれど、「近代（モダン） [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>全部は読み終えてなかったので、いただきもののエントリに入れられなかった稲葉振一郎『社会学入門』を読了。全体としてはまっとうな「社会学」の「入門」で、いわゆる学説史中心の基礎論・原論的なものとは違うけれど、「近代（モダン）」という概念の美学からの説明など、『モダンのクールダウン』のときから感じていた著者の「近代」への姿勢がよく分かって非常に面白く読めた。教科書として自分が採用するにはちょっと著者の色が強すぎるのだけど、個人で読ませる分にはとてもおすすめだと思う。</p>
<p><span id="more-482"></span></p>
<p>特に気になったのは、11講から続く第III部「〈多元化する時代〉と社会学」のパート。最近ちらほらと目に付く「社会学の危機」をとなえる先生方に対して持っていた違和感や想定反論が7割方言語化されていて、そうそう、とうなずくことたびたび。</p>
<p>11講では、社会学の営みが「社会的に共有される意味・形式の可変性・多様性についての学問」と総括され、それが「素直な近代」に対する反省として生じたという、社会学成立事情について述べられている。要は「近代化すればうまくいく、わけでもないらしい」と自覚されるにいたって生まれた「近代を反省する自意識」が社会学だというわけだ。</p>
<p>12講では、パーソンズの機能主義の衰退が、こうした自意識から生まれる多様性の認識と関連していることが指摘される。つまり、対象を科学的に把握し、工学的に操作するという科学的営みそのものの足場の自明性への疑義・可変性を理論に折り込む社会学は、将来の予測においても、それを可能にする不変法則の想定においても、宙ぶらりんにとどまらざるを得ない。なぜなら「社会変動の一般理論」の構築などというものは、定義上不可能だからだ。それゆえパーソンズ以降の社会学では、理論の無限背進を恣意的なポイントで止め、割り切った公理に基づく実証研究を行う、無限に多様な「中範囲の理論」と、フーコー、あるいは構築主義的な知識社会学とに分岐せざるを得ないと著者は述べる。</p>
<p>問題は、こうした「できること」の中で満足する営みが、一方では経済学などでの新しい試みに、そして明確には述べられていないけれど、他方では歴史学などの専門的スキルを持った領域の研究に対するアドバンテージを持っていないということだ。こうした認識の下で最後の13講では、著者の考える社会学の独自性が挙げられる。まず、統計では他に得意な領域があるが、フィールドワークに基づく実証は、まだ社会学に一日の長があるという。ただしこうした領域も、「中範囲の理論」としては隣接分野と似通らざるを得ず、社会学にしかできないというわけではないと著者は述べる。</p>
<p>その上で著者はひとつの方向性として、ダン・スペルベルの知見を引用しつつ、量的な格差ではなく、質的な「差別」の研究、あるいはその「差別化」の延長としての「ナショナリズム」の研究に、社会学の独自性を見出そうとする。僕としては「中範囲の理論」が持つ実効性や、それ自体が放つ「逆説への魅力」という異化効果に惹かれて社会学にのめり込んだ口なので、その辺もまだ可能性がある気がするけど、なるほど著者の立場は明快だ。</p>
<p>ただ、何より膝を打ったのは、以下のフレーズだ。</p>
<blockquote><p>「基礎理論」「一般理論」がない、学問のアイデンティティを支えるべき理論が見つからないという状況は、「社会学の危機」なのでしょうか？ かつてパーソンズが目指したように、そしてひょっとしたら今でも何人かの理論家たちが目指しているとおり、社会学の背骨になるような何らかの新理論を構築するべきなのでしょうか？</p>
<p>ぼくは必ずしもそう思ってはいません。第11講に述べたように、社会学はもともと「危機の学問」であるのだから、このようなアイデンティティの危機自体は、やや格好をつけて「社会学という分野が独立して成り立つための必要条件である」とさえいえるでしょう。ぼくにいわせれば問題はむしろ、社会学がそうした宙ぶらりんに耐えられずに、自分自身の危機を外側に、より具体的にいえば研究対象である社会の方に転嫁してしまう、という危険性です。危機にあるのは自分たちなのに、そのことに耐えかねて、現実の社会の方が危機だと錯覚してしまう、という危険性です。（P232-233）</p></blockquote>
<p>ここで著者が念頭に置いているのは、マルクス主義の「万年危機論」だ。資本主義崩壊の物語に説得力を持たせるために、いかに資本主義の力が強大であり、その拡大が避けがたいものであるかをマルクス主義者が説き続けなければならなかったように、社会学が「社会の危機」を喧伝する学問に成り下がる、というわけだ。おそらく「資本主義」の代わりに、著者が言うように「再帰的近代化」だの、僕がかつて論じたように「グローバリゼーション」だのを代入すれば、多くの社会学講座が、こうした「危機」を講じようとしている。以前論じた「近代の変曲点」もそれに近いだろうけど、例えば政治学などでも最近は、「再帰的近代化」論を規範概念として――すなわち避けがたい宿命として――論じる向きが出てきている。</p>
<p>講義ならば僕も、「こうした社会学者の主張に、経済学者は真っ向から反論している」などと補足をすることができるし、割とそういうことを心がけているけれど、「社会（学）は危機に瀕しているのです、その原因はこれです、よって私たちはこうした選択をしなければなりません」式の主張から自由になるのは、とても難しい。実際には、ミルズにせよグールドナーにせよ、「社会（学）の危機」は、「反省が大好きな僕たち」の自意識の照射として立ち現れたのであり、そのたびに「危機に一体として立ち向かう社会学的アイデンティティの構築」が目指され、それが結果的に理論的な百花繚乱を生んできたのだ。こうした経緯を無視して「社会学に最低限できること」の中に引きこもり、形式的手続きの正当性だけに依拠しようとするのは、あまりにも「社会学という社会的な営み」に対して無邪気すぎる。それが気にくわないなら、むしろ社会学を堂々と「二流の学問」と断じて社会学者を辞するべきだ。</p>
<p>むろん、社会学が牽引する「社会の危機」論は、現在ではむしろ社会学者でない人々に求められているし、そのような読み込みがなされてしまうことの責を、社会学者だけに求めるのは不当かもしれない。だがきっと師匠ならこうした状況を、「統一的理論に足場を求められない田吾作的ヘタレが、自分の問題を社会（学）の問題に投射してぎゃーこら言ってるだけ」と断じるだろう。そりゃそうだ。本当に社会（学）が危機に瀕しているなら、それは世界的に共通で観察される出来事のはずだが、むしろ問題として挙げられるのは日本の話。それって学問じゃなくて個々の教員の怠慢の問題でしょうよ。まあそこで「俺が足場」と胸を張れる師匠に対して、著者はむしろヘタレたる社会学者の立場を擁護しようとするのかもしれないけれど。</p>
<p>・・・とまあ、書けば書くほどブーメランな感想になるのだけれど、この「反省大好き」な学問を割と自覚的に選んだ自分としては、足場の不確かさに噴き上がることも居直ることもなく、必要な仕事を必要なだけやっていくしかないのだろうな、と思う。隣接諸科学との協力という点でも、いまや社会学者に必要なのは手続きへの引きこもりではなく、神経科学や生命科学、進化経済学や行動経済学、情報科学など、目覚ましい発展を遂げる分野の知見を吸収することだ。このあたり、色々言われているとはいえ、やはり僕が尊敬する1930年代生まれの社会科学者たちにはかなわない。かつては「文学部社会学科」のコンプレックスとして数学と統計が幅をきかせたのだろうけど、それだけではきっと足りない。科学はもっと広くて、面白いものなのだ。</p>
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