昨年の世界の政治を振り返ると、既存政党への不満やポピュリズム政党の台頭、日本で言えばネット選挙への影響などが思い浮かぶ。先日、日本経済新聞に寄稿した記事では、近年の政治心理学などの研究動向を踏まえつつ、ネットが直接的に選挙結果に影響を及ぼしたという考え方を牽制しつつも、ネットが対立する相手への感情的な反発を生み、それが社会的な分断につながる可能性を示唆している。少し踏み込んで言うなら、世界的な物価高の中、生活が苦しくなった人々が「あいつらに回している分をこちらによこせ」と声を上げることで、政治が動きやすくなっているということだろう。
そのせいかネット上でも、強い言葉が飛び交うようになっている。政治家や財務省の官僚からテレビ局、芸能人まで、あらゆるところで誹謗中傷、あるいは一般的な組織で同じことを言おうものならパワハラ、カスハラ認定されそうな(つまり社会的に許されないような)物言いがなされ、現実的な被害を生んでいる。それに対して「気をつけましょう」というのは簡単なのだけど、じゃあどんな姿勢、どんな言葉遣いで臨むべきなのかと言われると困る。
そこで、今回はAIを頼ることにした。異なるAIに同じような状況で利害が食い違う二人の立場を説明したうえで、それぞれのロールプレイをさせ、出力した答えで対話をさせるのだ。今回のシチュエーションに選んだのは「親から継いだ事業を取り込んでベンチャーを経営する若手社長」と「先代から現業に使えてきた古株の副社長」の対話。社長には「最短できびきび答えを出そうとするシゴデキ、ChatGPT 4o」、副社長には「どんな意見にもまずは傾聴の姿勢で臨む優しい上司、Claude 3.5 Sonnet」を使用した。
社長・副社長への問いかけと応答
まず、社長に投げたプロンプトは以下の通り。
あなたは勢いのあるベンチャー企業の若手ファウンダーです。組織内の今後の方針を社内に説明するにあたって、あなたならどのような伝え方、考え方をするかを教えてください。
当社は、あなたが親の代から継いだ会社の事業を継承した部門(家庭向け浄水器販売)と、あなたが創業したIT関連サービス(観光情報提供アプリ)の2本柱で回っています。継いだ方の事業部には昔からの付き合いの顧客もいて、社会的な知名度もあります。しかしながら既に社内では新商品の開発を行う余力もなく、安い競合との競争の中で、営業部門の力で業績を維持している状態です。営業部門にはベテランの社員も多く、そのため体質が昭和的で、社員の離職率も上がっています。
一方のIT関連サービスは、内容が若者向けでビジュアルな要素も豊富であり、利用者が順調に増えている状況です。基本無料のサービスですが、少しずつ課金サービスを利用するユーザーも増えています。今後は、よりユーザーを増やしつつ、課金サービスを拡充していく予定です。エンジニアが中心の組織文化ですが、意識も高く、自分たちのビジョンやミッションを誇りに感じています。ただ収益性は低いので、浄水器販売部門の売上から投資を行っている状況です。
最近になって銀行から、ITサービスの方により事業をシフトしていくべきで、そのために浄水器部門のリストラが必要だと提案されました。あなた自身も、事業転換を図るなら今しかないと考えており、人員整理だけでなく、ITサービス部門を強化すべく、当該部門の賃上げと新卒・中途の採用を拡大したいと思っています。ただ、こうした方針転換に浄水器部門が納得するとは限りません。そちらの部門には、先代から勤める営業部長や、パートの主婦などもいて、下手な説明をすると「恩を仇で返す社長だ」と思われそうです。
あなたなら、この状況で新しい方針を説明するのにどのような段取りを踏んで、どのような説明を行いますか。
そして副社長には以下のように投げかけた。立場の違いを考慮して、現状に対する微妙な解釈の違いを含めている。
あなたは勢いのあるベンチャー企業の副社長です。組織内の今後の方針を社長が社内に説明するにあたって、あなたならどのような伝え方、考え方をするかを教えてください。
当社は、社長が親の代から継いだ会社の事業を継承した部門(家庭向け浄水器販売)と、社長が創業したIT関連サービス(観光情報提供アプリ)の2本柱で回っています。継いだ方の事業部には昔からの付き合いの顧客もいて、社会的な知名度もあります。しかしながら近年では安い競合との競争の中で苦戦し、営業部門の努力で業績を維持している状態です。営業部門にはあなたを含めた先代からのベテランの社員も多く、そのため体質が昭和的で、社員の離職率も上がっています。あなた自身は問題意識を持ってコンプライアンス意識の向上やガバナンス改善に取り組んでいますが、まだ道半ばといったところです。
一方のIT関連サービスは、内容が若者向けでなこともあってか、利用者が順調に増えている状況です。基本無料のサービスですが、少しずつ課金サービスを利用するユーザーも増えています。今後は、よりユーザーを増やしつつ、課金サービスを拡充していく予定です。若い社員が多く活気がありますが、どこか理想主義的で利益は二の次という考え方もあるようです。それもあってか収益性は低いので、浄水器販売部門の売上から投資を行っている状況です。
最近になって銀行から、ITサービスの方により事業をシフトしていくべきで、そのために浄水器部門のリストラが必要だと提案されました。社長は、事業転換を図るなら今しかないと考えており、人員整理だけでなく、ITサービス部門を強化すべく、当該部門の賃上げと新卒・中途の採用を拡大したいとあなたに打ち明けてきました。ただ、こうした方針転換に浄水器部門が納得するとは限りません。こちらの部門には、先代から勤める営業部長や、パートの主婦などもいて、下手な説明をすると「恩を仇で返す社長だ」と思われそうです。
あなたなら、この状況で新しい方針を説明するのにどのような段取りを踏んで、どのような説明を行うように助言しますか。
これに対する両者の応答は、比較的近いものだった。まずどちらも、「浄水器事業の売上推移と競争環境」「IT事業の成長率、ユーザー数、課金サービスの成長見込み」「両事業の収支バランスと投資状況」などの事業データを揃えることを提案してきた。その上で、この変化がいかに必要なものであるか、残留社員の不安をどう払拭するか、丁寧に説明すべきだと言ってくる。違いがあるとすれば、社長サイドの情報を投げかけたChatGPTは、まず全体ミーティングを開催してビジョンを語るべきだと言い、副社長サイドの情報を投げかけたClaudeは「部門長級との個別面談」「中堅社員との少人数ミーティング」を通じて、下から合意を積み上げるように提案してきたところだ。
ここで分かってくるのは、「AIに詳細な情報を投げて考えさせる」ことが、かえって「もともと思っていた通り」の答えを出してくる可能性が高いということだ。もしかすると僕たちにいま欠けているのは、文字通り「自分とは違う立場、考えの人」のことを想像し、シミュレーションするための一呼吸の余裕なのかもしれない。
それぞれの答えで対話させる
社長、副社長の方針は分かったので、それぞれが生成した答えをもとに対話をさせてみた。「ざっくばらんな経営相談という体裁で、話し言葉で自分の考えを説明してほしい」と頼んだところ、以下のような会話が行われた。
社長
「副社長、いつも浄水器事業を支えていただき本当にありがとうございます。今後の会社の方向性について、少し相談したいと思っています。浄水器事業は現在も利益を生んでいますが、競争環境が厳しく、このままでは厳しい状況が見え始めています。一方で、IT事業は将来的に会社の柱になる可能性を秘めているので、今のうちに投資を強化したいと考えています。ただ、浄水器部門の価値を切り捨てるのではなく、その強みを活かした形で両立を目指せないか、一緒に考えていただけませんか?」
副社長
「社長、ご相談ありがとうございます。私も同じ思いです。浄水器部門には、長年培った顧客との信頼関係や、地域に根差した営業力という強みがあります。これをIT事業と組み合わせることで、新しい価値が生まれる可能性を感じています。例えば、営業担当者の地域ネットワークを活かして、観光アプリのコンテンツを充実させるとか。急激な変革ではなく、両部門の強みを活かしながら、段階的に進めていければと思います。具体的な進め方について、一緒に検討させていただけますか?」
社長
「副社長、ご提案ありがとうございます。浄水器部門の強みをIT事業に活かすアイデアは本当に可能性があり、ぜひその方向性も一緒に検討したいと思います。ただ、現実的な話として、浄水器事業の競争環境を考えると、今後縮小や人員整理といった選択肢も視野に入れなければならないと感じています。それでも、このプロセスをできる限り前向きに進めるため、浄水器部門の強みをIT事業の成長に結びつけ、双方の価値を最大化する方法を一緒に模索したいと思います。この点についてもぜひ忌憚のないご意見をいただければと思います。」
副社長
「はい、社長の懸念はもっともだと思います。確かに浄水器事業単体では厳しい局面を迎えていますが、だからこそ、人員整理を伴う縮小均衡ではなく、IT事業とのシナジーを軸にした再編成を提案させていただきたいと思います。例えば、営業部門の社員には豊富な顧客対応経験があり、観光アプリのカスタマーサポートやコンテンツ制作に活かせる可能性があります。もちろん、そのためには再教育プログラムの整備など、移行のための投資も必要になりますが、長期的に見ればそれが会社全体の価値向上につながると確信しています。まずは具体的な移行プランを私の方で整理させていただき、改めてご相談させていただけますでしょうか?」
社長
「副社長、ご提案ありがとうございます。浄水器部門の営業力や顧客対応経験をIT事業に活かすという視点はとても重要だと思いますし、再編成を通じて会社全体の価値を高めるという考えには賛同します。ただ、限られたリソースの中でIT事業への投資を優先的に進めたいというのが現状の課題でもあります。そのため、全ての社員を移行させるのは難しいかもしれませんが、適性がある方や希望する方には再教育プログラムを通じて新しい役割を担っていただく形を検討できればと思います。副社長が具体的な移行プランを整理してくださるのであれば、ぜひ一緒に可能性を探っていきたいです。その中で、リソース配分も含めて現実的な落としどころを見つけられればと思います。」
まあ平行線なのだけど、実際の交渉に臨む前のシミュレーションとして受け止めるなら、十分に役立つし、こちらが(もしくは相手が)キレて交渉を投げ出し、対決姿勢に入るなんて破滅的なオプションを取らないために、こういうロールプレイを事前に見ておくのは大事かもしれない。ネットに飛び交うような言葉でなく、眼の前にいる、利害の異なる人と対話をする際には、このくらい辛抱強い姿勢が必要になるのだということをあらためて学ぶことにもなろう。
ニッポン株式会社のコミュニケーション
ところで、ここで挙げた社長と副社長の勤める会社は、いまの日本の現状の縮図として考えたものだ。もちろんこれがすべてというわけではなく、産業構造や世代といった軸で切り取った縮図でしかないのだけれど、ここにより世代対立的な要素を盛り込んだり、ITリテラシーとワークスタイルの差を意識の断絶として表現すれば、もっとシビアな対立が見られたかもしれない。
このロールプレイが日本のある面での現場を示していることを伝えた上で、政治家はどのようなメッセージを発するべきだと思うか、それぞれのAIに聞いてみた。こちらも先ほどと同じように似たような答えが返ってきた。すなわち「まずは現状を正直に国民に伝えること」「単に痛みを強いるのではなく、ポジティブなビジョンを語ること」「負担が特定層に偏らない制度を設計すること」「粘り強く対話を続けていくこと」が必要だというのだ。
AIが生成した答えを眺めながら思い出したのは、2008年に僕が出版した『サブカル・ニッポンの新自由主義』という本のことだ。これは新自由主義とITに関する思想史を振り返って、当時の若者、つまり氷河期世代に特有の「既得権批判」について書いたもので、教授資格審査の際に大学に提出した業績書類では、以下のように要約している。
近年の日本で「既得権批判」が盛り上がるのはなぜか。そこには産業構造の変化に直面する中、メディアの更新と世代交がリンクして生じる「新しい秩序」を巡る綱引きが存在していた。特にインターネットがもたらす新秩序は、人々に個人としての可能性を発露することを強く求め、気後れすることを許さないという意味で「新自由主義」的な理念に駆動されている。現在の日本では、安易な世代間対立や既得権批判に回収されない解決策が必要とされているのである。
20年近くたって、僕たちはまだ同じところをぐるぐる回っているような気がする。自分たちの取り分があいつらに奪われている、あいつらは既得権だ、あいつらから奪わないと未来はない、と。変わったのは、その断層線が世代だけでなく、ジェンダーや階層、子持ちか否か、異なる国家間といったさまざまなところに引かれるようになり、対立が複雑化し、その一方で感情的、非妥協的な意見が目立つようになったことだろうか。
皮肉なことに、ネット上の素直な感情の発露より、コンプライアンスと倫理コードを徹底的に教育されたAIの方が理性的で、まっとうな(逆に言えば理想論的な)言葉を発するようになっている。ややもするとこうした「配慮された言葉遣い」を現実で見聞きすると、この人はほんとうはAIなのかなと思ってしまうくらいだ。
とはいえ、僕みたいに日常生活でもうっかり「ネットのノリ」で話してしまうような人間こそ、AIに対話術を学ぶべきなのかもしれない。世の中というものは、そういう距離感でしか話のできない、話してはならない相手で大半が占められているのだ。
AIシミュレーションの魅力
実は、今回のエントリで用いたような「AIを用いたロールプレイ」は、僕自身や、自分の指導する学生たちの間で積極的に取り入れて、割とブームになりつつある手法だ。たとえばマーケティングを学ぶゼミであれば、特定の商品に対して多様なプロフィール、ペルソナを生成させ、そのペルソナに基づいたロールプレイをするように指示させるというワークがある。学生はマーケティングリサーチャーとなって、そのロールプレイに対して仮想インタビューを行うのだ。
もちろん、AIの答えが生身の人への聞き取りの代替になるとはまったく思わない。しかし、都会の成績の良い高校を出てきたアッパーミドルの学生に、介護が必要な家族が乗ることを想定して車を選ぶときの困りごととか、地域の人々の間での格付けを気にしてBMWにするかベンツにするかを悩む大病院の医者の考えていることなんて想像ができるわけもない。こうした「異なる人々への想像力の扉」を開くという点で、AIを用いたシミュレーションはかなり面白い。
あるいは、より実践的な交渉術を学ぶというのもある。就職活動が売り手市場と呼ばれ、学生は企業に対して内定を辞退するという「できたら避けたいコミュニケーション」を行う機会が増えている。企業の方も、学生にあの手この手でアプローチし、ときに強引にでも自社に引き込もうとするから、気の弱い学生だと交渉に押し負けてしまう。そこで、アルバイトの昇給の交渉とか、学園祭で実行委員に無理を通すとか、さまざまなシチュエーションを設計し、そこでAI側がどのような価値観、立場であるかを設定し、具体的に使用する交渉テクニックまで指示したうえで人間が交渉に臨むのである。
どうやら企業によっては同じような仕組みで営業のロールプレイを行っていたりするようなのだけれど、そうしたAIとの対話を経て言葉遣いを学ぶ人たちが増えてくると、企業やネットの中で使われる言葉も変わってくるのかもしれない。未来の常識を見据えてものごとを考える方が、いまの自分にとっては楽しいなと思う。このワーク、手引き化していろんな組織の研修とかに持ち込めたら面白いのにな。