偽・誤情報、「47%が信じた」「25%が拡散した」
総務省が 2025年5月13日に公表した「ICTリテラシー実態調査」は、「偽・誤情報を見聞きした人の 47.7 %が「正しい」と判断し、25.5 %が拡散した」という数字を示し、大きな注目を集めた。報道やSNSでも「約半数がフェイクニュースを信じる」といった見出しが並んだが、調査の設計と算出方法を精査すると、この印象は必ずしも妥当ではない。筆者も自分の出演する情報番組で、このデータの問題点を指摘したが、30秒ほどのコメント時間では説明できることに限界があったので、ここであらためて問題点を指摘しておきたい。
1. 数値が過大に見積もられている
まず、47.7%とか25.5%という数字はどのように算出されたのだろうか。この調査は全国2820人を対象とするインターネット調査だが、実は「偽・誤情報に1件以上接触した」と自己申告した844人(29.9 %)だけを分母にして上記の割合が算出されている。すなわちサンプル全体に換算すると、
- 「正しい」と判断 … 約14%(47.7×0.299)
- 「拡散した」 … 約7%(25.5×0.299)
となり、報道の見出しで受ける印象よりずっと低い。
さらに、偽・誤情報への接触についても気になるところがある。報告書ではファクトチェック済みの偽・誤情報15件をリスト化し、各アイテムごとに『見聞きした人数』で割った割合を、延べ接触件数(情報×人)で加重平均している。言い換えれば、(1)多くの偽情報に触れた回答者ほど、(2)多くの人が見聞きした情報ほど、全体の値を押し上げる構造だ。たとえばSNSヘビーユーザーが接触した5件の誤情報すべてを「正しい」と回答すれば、1件しか接触していない人の5倍の影響力を持ちうる。
また接触判定に用いられた15件は「国内で実際に流通したもの」とのみ説明され、流布度や時期、ジャンルの偏りは開示されていない。朝日新聞デジタルの記事によれば、 「WHO事務局長が2024年に『新型コロナに効くワクチンはない』と発言」「イワシやクジラの海岸への大量漂着は地震の前兆や影響」といったニュースが対象になっているそうだが、一般的にほとんど拡散されていない情報を含めれば、接触経験者が少ないぶん、一人当たりの重みがさらに大きくなる可能性がある。
2. 自己報告データである
見逃せないのは、上記の偽・誤情報への接触や拡散の有無は、すべて回答者の回想に基づく自己報告であるという点だ。人間の記憶は非常に曖昧なもので、過去に起きた出来事の解釈は、回想によって大きく入れ替わることがこれまでの研究でも明らかになっている。
たとえば上記のニュースにしても、実際には見ていないにも関わらず、「見た気がする」と勘違いしたり、逆に拡散したことを忘れていたりする可能性を排除できない。さらに質問票で15件のニュースを列挙したこと自体が「これもどこかで聞いた気がする」という想起バイアスを誘発した可能性もある。
通常、このような接触・拡散の有無や件数を外部データで検証できない自己報告データは、様々な問題を抱えるために学術的な調査で使用する場合には大きな留保をつける。ちなみに社会心理学などの調査では、自己報告のバイアスを避けるために、被験者によって提示する情報を変えるなどの実験的手法が取られることが多い。
3. 短絡的に処方箋が示されている
報告書では最後に、ICTリテラシーの重要性について示唆するようなデータが並んでいる。すなわち、ICTリテラシーは重要だと考えている人が多いが、実際にはICTリテラシーを高める取り組みをしていないというものだ。数字の示し方に問題があるとしても、ICTリテラシーを高めるのが大事だという結論に変わりがないなら、そこまで目くじらを立てるものではないのだろうか。
この点についてフェイクニュース研究では、誤情報を信じる背景に確証バイアス(自身の信念を補強する情報を選択的に受け入れる傾向)があることが繰り返し確認されている(笹原和俊『フェイクニュースを科学する』)。つまりフェイクニュースは、ICTリテラシーの低い人が、情報をよく確かめずに鵜呑みにしてしまうことで信じられているとは限らないのだ。
報告書でも、60代以上の回答者は誤情報を「自分で論理的・客観的に考えた結果」正しいと判断した割合が高かったと示されている。これは「よく考えずに鵜呑みにした」のではなく、「熟慮の末に誤情報を信じた」ケースの存在を示唆している。政治心理学の研究でも、政治的知識がある人のほうが陰謀論を信じてしまう傾向にあることが示されているが、本報告のデータもそうした傾向を支持していると言えるかもしれない。
にもかかわらず、報告書の結論はICTリテラシー教育を主な処方箋として提示しているようだ。背景には選挙が近づいていることなどもあるだろうが、情報検索の方法やファクトチェックの重要性を学ぶことは不可欠であるとはいえ、確証バイアスのような動機づけ要因には、リテラシー教育だけでは十分に対応できない。
4. データの報告の仕方が不誠実である
以上のような問題があるにも関わらず、本報告は調査票やデータの詳細、統計的な検定の結果などについて記載のない、不誠実なものになっている。サマリーで強調された「47.7%」「25.5%」だけが報道で切り取られ、かえって数字の独り歩きを助長してしまっている。たとえば、
- ネットの偽・誤情報、25%が“拡散”経験あり。理由は「驚きの情報だったから」が最多〜総務省「ICTリテラシー実態調査」(https://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/2013682.html)
- ネット偽情報 半数が誤認…総務省調査 25%が情報拡散(https://www.yomiuri.co.jp/national/20250514-OYT1T50012/)
といった具合だ。調査が掲げる「ネット情報を鵜呑みにしない」というメッセージこそ、調査結果そのものにも適用されるべきである。
そもそも、本報告が参議院選挙を前に国民にリテラシーの向上を訴えるためのものであるとするなら、こうした不誠実な報告の仕方はかえって「国の言うことは信用できない」といった形で、フェイクニュースの拡散の動機づけを生む可能性すらある。研究・行政双方の信頼性を高めるためには、質問文・集計ロジック・ローデータの公開と、再分析が可能な形での提示が不可欠だろう。
補足
本調査に協力した山口真一さんの所属する国際大学GLOCOMは筆者の古巣であり、現在も肩書だけは残っている。また山口さんにも学会等でお会いしたこともあり、そういう意味では「身内の批判」という感もあるが、本件について筆者は一切の関わりを持っていない。GLOCOMでは以前もフェイクニュースについての報告書をウェブサイトで掲載していたと記憶しているので、本件についてもより詳細な報告が公開されることを期待したい。