軽さについて

雑記

誕生日のエッセイを書こうと思って、椅子に座った。この数年、ずっと続けてきた誕生日のブログを書くのが苦しくて、どうしようかと迷っていたので、難航するのじゃないかと思っていた。ところが今年は、思いのほか心が軽い。

軽いというのは、元気だとか逆に空虚だということではない。澱がないという感覚に近い。50歳を前にして、老いを感じないどころか、むしろ若返ったような気力が体のなかにある。若い学生や番組の共演者と仕事をしていても、年齢による隔たりをほとんど感じない。彼らが特別な生き物だとも、自分が慎重に距離を置くべき存在だとも思わないし、向こうからもよくご飯の誘いを受ける。自分が50歳であるという実感が、どこか薄い。数字が自分に貼り付いていない感覚とでも言えばいいか。

ここ最近のブログ記事と同じようにこの記事も、AIとの壁打ちを経て書き始めた。先にAIに向かって話す、というのが最近のやり方だ。言葉を投げつけていると、「本当に言いたいのはそういうことではない」という独り相撲のような感覚から、澱が取り除かれていく気がする。同時に、AIが提示した言葉と自分の本心の境界が曖昧になってくる。あんなにこだわっていた「本心」というものは、実のところ何でもよかったのではないか、という気にもなる(そもそもこの記事だって半分くらいの文章はAIが書いたものだ)。

毎週、一週間の出来事をAIにまとめてもらう際、啓発的なフレーズも含めてくれと指示している。ある週はギリシャ哲学、別の週は仏教の経典、先週は芭蕉の俳句だった。ピックアップしているのはアルゴリズムだとしても、やはり歴史の言葉は重く、我が意を得たりとばかりに心に響いてくる。いずれ僕たちは、愛の言葉を囁く前にもAIと壁打ちして「澱のない本心」を探すようになるだろう。軽薄さと真摯さの境界が、どんどん曖昧になっていく。

過去4年分の誕生日の記録をAIに読み込ませてみた。そこに映っている自分は、相当に苦しそうだった。自覚していたよりずっと苦しい。飛ぶだの吊るだの不穏な単語。駅のホームで泣き続けたこと。不眠のこと。ただ、そのどれについても今の自分にはほとんど記憶がない。記録を読みながら、まるで他人の日記に目を通しているような感覚があった。文章の体温だけが残り、その文章を書いた日の感触がない。僕は割と他人を起点に記憶を呼び起こす方で、人との交わりが、記憶の足場になるタイプだ。だからきっと孤立していた時期のことは記憶に引っ掛かりがないのだ。記録だけが残り、記憶は消える。その空白は「忘却したことすら忘却される」という意味で、健全な切断なのだと思う。その意味では、あの頃の自分に対して、少しだけ他人のように接することができるようになったということなのだ。

その時期をくぐり抜けて、口癖になったことばがある。

恨まない、悔やまない。助けるべき人を間違えない。どちらも、読んでいた小説から借りてきた言葉だ。片方はコスメ業界を舞台にした物語、もう片方は少年少女と怪異の物語。出典が創作だということに引っかかりはない。歴史の言葉だって、誰かが書いたフィクションを経由して生き延びている。

思えば苦しんでいた時期には、恨みや悔みに囚われてばかりだった。理想を掲げて人を導こうとしても、ついてくる人がいない。言葉や態度が固くなり、余計に周囲が警戒する。そうして「やってしまった」ことを悔いながら、現状を変えるために孤軍奮闘を続けた。我ながらこうやって書いたものを読んでも想いが重い。

そうしたこだわりや、大事だったものを手放したことで楽になったと思えたのはつい最近のことだ。変えようとしたこと、追い求めた理想、そしてそれを一緒に追求していた人たちとはもう二度と関わることはないと思うけれど、一方で、誰かとともにではなく、自分が好きなようにゴールを目指す活動と、誰かと一緒にやらないといけないものの間に明確な線を引くことができるようになった。

そうすると、逆にこれまで重くのしかかっていた人間関係がふっと軽くなった。自分の理想に対して、自発的に協力してくれる人が増えた。それどころか、自分抜きでも同じ志、同じゴールを目指して組織、集団を作ってくれるようになる。僕のするべきことは、そこでかつての僕のように理想と現実の板挟みになっているような人を支援することに変わった。助けるべき人が、明確になった。

そうやって周囲との関係が軽くなる一方で、自分の表現に対してはずっと尖るようになっている。2024年に『環世界』をリリースしたあたりから、自分の中で「文法」のようなものが見えてきた曲作りなんかは、そのひとつだ。最近は執筆仕事をあまりしていないけれど、研究論文の執筆なんかは進めている。伝えたい、読んでほしい、聴いてほしいという気持ちをまったく持たずに、「やりたいからやる」という姿勢が貫徹できている。

こう書くとまるでスマートに創作・表現活動ができているようだけれどまったくそんなことはない。「あんなこと言わなきゃよかった」と思いながら床をローリングする思春期のような感情は、さすがにこの歳になればどこかに置き忘れてくるものだと思っていた。気力や体力だけでなく、精神年齢も成熟できないまま年数だけを重ねてしまうのは、それはそれで滑稽で軽薄だけれども、見方を変えれば、だからこそ表現活動から離れられないでいるとも言えるので、ものごとはいつも表裏で一体だなと思う。

今日、50歳の誕生日に、EP「Little Hope」をリリースする。

過去の後悔を引きずりながら、それでも次に進む。それがこのEPを貫くテーマだと、作り終えてから気がついた。作っていたのは昨年秋から今年の春にかけてだけど、そういう見方が最初からあったわけではないので、期せずしてコンセプトが一貫したものになったということだろう。「高架下」という曲には「人生最高の日」っていう、いままで歌ったことのないようなフレーズが出てくるし、「ブルームデイズ」という曲では「変わらないものの中で/変わっていく僕がいる」という、いまの素直な気持ちが言葉に出ている。

Little Hope by Deep Breath Project
2026年 • 6曲 • 25分43秒

そういえば、今回は今まで出したこともない高い音で歌うことにも挑戦した。50歳ってまだ音域が広がる歳ですっけと思うのだけど、言葉と同じく、なんだか素直に音が出てきた。もちろん素人のやることだからそれはそれは下手くそなのだけれど、自分にとっては誇れるものだ。僕のような氷河期世代はすぐ「いいことがあっても、きっとすぐ悪くなるに違いない」って後ろ向きに考えがちなのだけど、そんな後ろ向きに前向きなEPも、どこかであなたに出会えたらと思う。

タイトルとURLをコピーしました