この週末は、勤め先の大学の学園祭だった。かつては大学自治の象徴として、学生たちの総会と投票によって開催を決定していた学園祭も、コロナ前くらいだったか、実行委員会が「総部」という大学公認の部活となり、ある意味ではシステマティックに、ある面では安定的に営まれるものになっている。
その学園祭には「模擬店」という仕組みがあり、応募して抽選に当選すれば、いろんな団体が出店できることになっている。今年は学生の希望もあってゼミとして初めて出店したのだけど、本当に色々と考えさせられた。
大前提として、模擬店を出店し、特に飲食物を提供しようとすると様々なコストや負担、ルールに制約されることになる。衛生面や安全面で保健所や消防署の指示に従うのは当然のこととして、ガスボンベやガス台、テントなどのレンタル費用が発生する。詳細な数字は控えるけれど、大学生の一ヶ月のアルバイト代よりはるかに多い金額だった。
もしかしてゼミ生たちだけでなく、他の団体もみんなこの額を負担しておいて、まさか何の戦略も立てずに営業しているのか? と思ったのがきっかけだった。アメリカでは子どもが日曜教会のバザーでレモネードを売って資本主義を学ぶなんて言うけど、せめてそのくらいの見返りがなければ割に合わない負担だろうと思い、少しだけお手伝いすることにした。
注文管理システムの開発
最初にやろうと思ったのは、注文を受けてからメニューを提供するまでのフローをデータ化することだ。ファストフード店でアルバイト経験の長い学生の意見を取り入れ「注文入力」→「会計入力」→「商品お渡し」の各ステップでスマホによる入力を可能にした。エラー防止のため会計時にはボタンを押すとアラートが出るようにした一方、混雑が予想される商品お渡しについては1タップで処理が完了するようにしている。
入力したデータはMySQLに保存されており、Ajaxで各画面にリアルタイムで新規データが表示されるようになっている。また、3つのポイントで入力時刻を記録しているので、注文からお渡しまでのリードタイムを把握することができるので、それを利用した混雑状況判定も行った。具体的には、リードタイムやお渡し未処理の人数をカウントしていくつかのフラグを立て、その数をもとに「やや混雑」「たいへん混雑」といった状況を表示した。このあたりは初出店ということもあって学習用データもないので、過去15分のデータから判定するという簡易的なシミュレーションを行っている。
売上管理システムを導入した目的のひとつは、会計方法の煩雑さを解消することだ。今回は(おそらくメガバンクのスポンサードが入ったことで)現金だけでなく、コード決済やクレジットカードのタッチ決済など複数の決済方式があった。入金確認のタイミングが遅れることも想定されたので、どの方式で注文が行われたのかを把握しておかないと、経理処理が行えないとの懸念もあった。
売上記録システムの開発
そしてもうひとつの目的は、売上に関する情報をダッシュボードにまとめて、リアルタイムで売上推移や目標値を把握することだった。しっかりとしたデータ把握と、それに基づく戦略立案ができなければ、小学生がレモネードを売るよりも得るものの少ないチャレンジになってしまう。事前に固定費と変動費をもとに損益分岐点を計算させ、売上目標額を全員で共有したこともあり、売上額や注文件数の推移が目に見えるようになり、「もう少し頑張らないと目標に届かない」といった意識で動くことができるような仕組みにした。
運用成績
学生たちは基本的にすごく熱心だし、頭の回転も早い。だからこのシステムがなくてもちゃんと結果を残しただろうと思う。なのでこのシステムがどこまで貢献できたかは分からないけれど、結果としてきちんと黒字を達成したし、学園祭の公式企画である「模擬店グランプリ」では準優勝という結果も手にすることができた。
もちろんそれはあくまで学生の成果だけど、教員としては「データの推移を見ながら行動すること」「現場で定性的にしか得られない情報(他店の状況や来場者の交通量)も含めて総合的に判断すること」を基本姿勢として指導することができたので、売上にかかわらず十分な成果があったと思う。さらに言うなら、今回のシステムは生成AIを活用しながら、空き時間でそれぞれ1週間程度で開発したものなので、「もしかすると自分でも作れるものなのかも」という気になってもらえたかもしれない。
反省と考察
なので結果としては満足のいくものだったと思うけれど、考え込んでしまったところもある。事前の段階で「おそらく他の店は大きな戦略も立てずにただ作っては売るだけだろう」と思っていたのだけれど、そんな生易しいものではなかった。すべてではないけれど、目立つのは勢いのある男子学生が数名で来場者を強引に勧誘するパワー系営業。また女子学生からは「やっぱりスカートの丈を短くしたほうがお客さんが来ます」という頭を抱えるような報告も。そしてもっとも多いのは「他学部の友達を呼びました」とか、なんなら「他のお店のスタッフに、お互いのお店の商品を買おうと呼びかけあった」という友達営業や自爆営業だった。
どのやり方も(来場者や学生が不快になっていなければ)一概に否定されるべきものではない。綺麗事をどれだけ並べようと、学生たちは一定割合でそういう営業を求められる仕事に就いていく。教会でレモネードを売るのとは違うかもしれないけれど、その人たちはその人たちなりに、将来的に自分が行うであろう行動を先取りしている(社会学ではこれを「予期的社会化」と呼ぶ)。
一方で、「だから日本の生産性は上がらないんだよ…」と思ったのも事実だ。そもそもいわゆるJTC(伝統的日本企業)の営業スタイルは時代の風潮にも合わなくなっているだけでなく、コンプライアンスの観点からも生産性の観点からも否定される傾向であり、今回のようにデータを用いた戦略的営業に切り替えるべくリスキリングが進んでいる分野でもある。
というか「模擬店の売上と来客をデータ化して戦略分析する」というアイディアは、共通テストの入試科目になることが決まっている『情報I』の試作問題からヒントを得たものだ。あと数年もすれば、パワー営業とかマジですか、みたいな感覚の若手社員がどんどん増えてくる。実際の売上や業績にどの程度影響するかは予想がつかないけれど、モチベーションの観点からも営業活動をDXする経験をするのはものすごく意味のあることだと思う。
それだけに、勤め先の学園祭の現実に頭を抱えたというか、もっとこういう取り組みを推していかないとな、と反省したのでこのエントリを書いている。いまの時代、ビジョンさえあればツールは後からいくらでもついてくるのだから。