結構前にクリアしていたのだけど、感想書くのが遅れてしまったのが、割と好きな作品が多いレーベル、Lightの『タペストリー -You Will Meet Yourself-』。死を目前にした主人公、という、ありきたりっちゃありきたりな設定をうまく消化した、「傑作」とは言わないまでも十分に「良作」と言える作品だったと思う。
実際、設定はとてもベタだ。主人公のはじめは、手芸の天才であることを除いては普通の高校生。幼なじみや部活の仲間に囲まれながら平凡な日常を送っているが、実は余命半年であると宣告されている。いままでの他愛もない日常を壊したくないはじめは、そのことを隠し通すことにしているのだが、そのはじめの病気を、周囲の人間が偶然にも知ることになり――とまあ、どういう風にも料理できそうなだけに、いくらでもつまらなくできる、そういうストーリーが作品の背骨になっている。
僕がこの作品にとてもいい印象を持ったのは、各ヒロインのルートにおいて、彼女たちがそれぞれに自分のエゴを保ちながらはじめと関わっていることだ。つまりこの物語は、死にゆくはじめの視点から、その「死」をプレーヤーにとって一番都合よく受け止めてくれるヒロインを探す物語ではない。その逆に、物語は、はじめからの視点だけでなく、ときにヒロインたちの視点へと移り変わりながら描かれ、また彼女たちは、自分のはじめへの好意が満たされさえすればそれでいいと言わんばかりの、エゴイスティックな振る舞いをする。その振る舞いに対する彼女たちの逡巡や開き直りは、人が、悲劇に直面したときに普通取るであろう善と偽善のリアリティを、とても丁寧に描写していたと思う。
そりゃそうだろうな、と思う。好きな人がもうすぐ死ぬと分かって、自分を悲劇のヒロイン扱いしない人はいない。その感情から距離を取ろうとして「偽善」に走るヒロインもいれば、距離を置きすぎて自分の感情を否定してしまうヒロインもいる。そして、それぞれのヒロインのルートに入ったはじめは、まるで彼女たちに引っ張られるかのように、わがままだったり、物わかりがよかったりするキャラになってしまう。こうした主人公の性格の一貫性のなさは、実はこの作品の主題が、死にゆく主人公にではなく、そういう「ベタ」なシチュエーションに直面したヒロインたちにあることを示唆しているわけだ。
真里谷先輩のルートは、まるで往年のスピリッツのマンガを見ているようで、心の古傷をえぐられてずきずきするし、茅野ルートにおける彼女のガチな****っぷりも(共通ルートでの彼女のキャラクターとの対比ゆえに)とてもいい展開になっていたと思う。けれど僕が、ヒロインとしてではなく、物語としてすごく惹かれたのは、詩さんルートにおける、主人公の幼なじみ・ひかりと詩さんとの修羅場のシーンだ。
そもそも主人公を差し置いてヒロイン同士で修羅場っていうのもすごいけれど、とてもよかったのはその内容だ。恋愛ADVにおいてヒロイン同士の修羅場というと、どうしても主人公を巡る醜い争いを想像しがちだけれど、この作品でのそれは、ヒロインたちが真摯で、また青臭いからこそ起きるものとして提示されているのだ。
(以下ネタバレ)主人公の部活の仲間である詩さんは、偶然にもはじめの余命が短いことを知り、彼に関わっていく過程で、少しずつはじめに惹かれていく。しかし彼女はまた、はじめの幼なじみであるひかりが彼に思いを寄せていることをよく知っているがゆえに、自分の想いに気づいてしまったことで、深く葛藤することになる。結局彼女ははじめから身を引くことを決意するのだけれど、はじめも詩さんに惹かれており、彼女に告白。
そのことを知ったひかりは、二人が自分に対して隠し事をしていたことにショックを受け、強く詩さんをなじる。このシーンもとてもいいのだけど、このことで二人の友情には深い亀裂が刻まれてしまう。そして詩さんは身を引くために留学を決意。はじめの元を去る前の最後の思い出として、一度だけはじめの想いを受け入れ、仲間たちの前から姿を消そうとする。
クライマックスは、旅立とうとする詩さんを引き留めに来た仲間たちの前に、ずっと姿を見せようとしなかったひかりが現れ、自分の想いをぶつけるシーン。
「うっちゃんの卑怯者!わたしがはじめちゃんを好きなこと知ってたくせに!」
「うっちゃんははじめちゃんの唯一の愚痴相手って立場を利用したんだ」
「うっちゃんは、はじめちゃんが好きだったから、ふたりの秘密が嬉しかったでしょ?」
「違うとは言わせないからねっ!だってわたしなら嬉しいもんっ!」
このシーンのひかりのセリフはホントによくて、全部書き起こしたいくらいなのだけれど、こういう青臭いケンカを、大人が子どもに期待する健全なものでも、その逆の、ひたすらにどろどろとした言い合いでもない、真剣だからこそ傷つけることを厭わない感情として描けているのって、なかなか見ない。
繰り返すけど、こうした「誰もがエゴを持っている」ことを描くために、主人公のキャラがルート間で一貫しないという描き方を採用したのは、とてもいいと思う。主人公の成長や「気づき」が主題化されるADVにおいては、どうしても主人公は「お前アホなんじゃねえの?」というくらい、直情的だったり鈍感だったり子どもっぽかったり、そういう描き方をせざるを得ない。『タペストリー』と似たような設定のライトノベル『七夕ペンタゴンは恋に向かない』なんかは、特にそういう印象を持った(てゆうか鈴ルートに入りたいです安西先生)。そういうのって、もどかしいのを通り越してイライラさせられることが多いのだ。
そんなわけで、本日発売の『どんちゃんがきゅ~』を買うかどうかは保留中だけど、相変わらずLightの作品には、細かいところで僕のツボをつくものが多いと思った5月だったのでした。
小学館
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