リアル空間への回帰

先週はFinali Fantasy XIIIのファーストインプレッションレビューをなんとか更新に間に合わせようとがんばったのだが、よくよく考えたらそんなにやりこむ時間などあるわけがなく、まだ4時間くらいしかプレイできていない。今年初めて見た、若手芸人に偉い師匠さんが公開だめ出しをして順位をつけるとかいう番組も、特に何か書くべきことがあるわけではない。悩んでいるうちにずいぶんたってしまったので、とりあえず来年の予想というか、次につながる現状分析でもしてお茶を濁そうかと思う。

個人的に興味のあることは?と聞かれると、最近は「リアル空間」と答えることにしている。もちろん、相手が僕に「ネットに詳しい人」みたいな役割を期待している場であってもだ。ショッピングモール調査なんかもその中に入っているけど、それがすべてということではない。大きく言えば「ネット以後に現実空間に関わることは、個人にとってどのような体験なのか」ということを考えているのだ。

00年代は、ADSLに始まりケータイのネット接続や公衆無線LANなど、安価で手軽なネット接続のインフラが普及し、キャズムを超えていった時代だった。それと同時に、その政治的な影響力や可能性、基礎的なコミュニケーションツールとしての利用法などに注目が集まった。そうしたネットの「願望」と「実態」の乖離については常に議論があるし、懐疑論も根強い。他方で、今年日本(の一部)で話題になったTwitterのように、新しい動向が生まれては「これこそ時代を変えるもの」という期待が寄せられるという「お約束」もばっちり健在だ。

そのことについて、批判も含めあーだこーだ言ってると永遠に仕事はつきないわけで、特にしょーもない批判に寄生して状況の延命に一役買ってくれている人たちに対しては頭が下がる思いだ。死ぬまでやってればいいと思う。ただ学生の卒論や研究発表なんかを見ていても思うのだけど、よほど丁寧にやらない限りネット上のミクロなコミュニケーション分析だけでは斬新な視点は出てこないし、詳細に分析しようにも、ネットサービスが商業的に洗練されてきたこと、また技術的にも専門分化が進んだことから、一般論としてネットを語ることがますます困難になっているように思える。

だがネットに関する議論が「素人では手が出せない」ものになっていく一方で、リアル空間を巡る様々な動向は注目に値するものが多い。特に来年以降追いかけておきたいのは、人々がリアル空間をどのように編成し、生活するかということを巡るいくつかの動きだ。そこにはおおむね、3つのベクトルがあるのではないか、というのが僕の現状認識だ。

ひとつ目は、Nintendo DSの「すれ違い通信」を活かしたゆるかやなコミュニケーションや、大和総研が「位置ゲー」と名付けた、GPS機能と連動したゲームなど、「リアル空間の意味を、情報によって上書きする」ことで、現実への関わり方を変えようという試みだ。たとえば「ドラゴンクエストIX」の場合、秋葉原のヨドバシカメラ前は「ルイーダの酒場」と呼ばれ、すれ違い通信のための場所としてにぎわいを見せていた。アニメがきっかけで注目されるようになったAR(拡張現実)も、この部類に入るだろう。セカイカメラの今後はわからないけど、うまくすればこれも今後の展開が見込めるのではないかと思う。

ふたつ目は、都市-郊外-農村といった「開発程度」の差の序列が組み替えられていく動きだ。低開発な地域にそびえ立つ広域型ショッピングセンターには、ビジネス的にも、そして最近では思想界隈でも注目が集まっているが、むしろ今年目立ったのは、都心部に向かって「郊外的なもの」が逆流するという現象だ。東京一のおしゃれタウンだった銀座には、グローバリゼーションを背景に世界中のファストファッションブランドが進出し、連日の行列だった。原宿のForever21や渋谷のH&Mもしかり。だが、そんな渋谷H&Mの向かいにはドンキホーテ、すぐ裏手にはブックオフ、少し駅に戻るとヤマダ電機が都市型店舗として展開しているLABIがある。

大阪の街を歩いていて思うのは、個性的なファサードの建物が多いなということなのだが、それはたまたま建て替えの時期が早かったということなのだろう。しかし近年の東京の再・再開発においては、一目見ただけでわかるランドマーク的な建築と、何の変哲もない郊外的な店舗が並んで「空き地」を埋めている。そして、都市に郊外が逆流する一方で、都市から撤退し、郊外や田舎で暮らすことを目指す人たちがいる。田舎暮らしそのものは今に始まったことではないが、(a)都会の喧噪を離れて「本来の自分」を取り戻す、というこれまでの傾向に加え、(b)自己承認を求めて地域コミュニティに参加する、(c)コミュニティビジネスの伸びしろを求めて移住するという例が目についた。いずれの場合においても、情報インフラ込みの田舎暮らしが求められているあたりは興味深いと思ったのだが。

みっつ目は、体を使って何かをすることで、リアル空間に関わっていこうとするもの。たとえばランニングや自転車のブームは、それ自体「健康志向」の表れだと見なされがちだが、ビリーズブートキャンプやWiiのようなインドア志向ではなく、リアル空間の中で「ご近所との挨拶」や「地域の再発見」が付随したアウトドア志向のようにも見える。とかいうと代理店が喜びそうだ。そのほかにも、週末農業とか住宅のリノベーションとかがふたつ目の方向と重なりつつ「自分の身体やリアル空間を自分の手で造る」動きは盛んになるだろう。

これらの動きは、いずれも「情報環境が整った後で、現実空間にどう関わるか?」という問いに対する応答と考えると興味深い。ARなんかはもちろん情報による空間の上書きだが、地域を人が移動していく際に、街ベースではなく人ベースで都市の意味が編成されていくとか、ランニングの記録をPCで管理するとか、いわゆる「コミュニケーション」目的だけではない「環境としての情報」のあり方が見えてきているのかな、と思う。そのあたりを構想できるかどうか、技術屋さんたちはどう思っているのだろうね。

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