「つまらない」はいい感情

34歳になった。統計上は「若者」と括られる限界は35歳。普通の会社員なら意識の切り替えを余儀なくされるところだけど、そもそも普段から平成生まれを相手にしている大学教員としては、さすがに彼らと同じ若者だなどという自意識は持てない。さりとて変化することを止めたり、成長に限界を感じたりなんてこともまったくない。体力はむしろついてきているくらいだし、年齢を感じることと言えば、先月初めて髭に白髪を発見したことくらいか。いやこれはさすがにエグったけど。

立場の上で言えばこの春から昇進したわけで、いよいよのっぴきならない大人の世界が待っている状態だ。それは僕個人がどう思うかといったこととは関係のない領域だし、そういうことをめんどくさいとしか思えないほど不器用でもないおかげで、いまのところ困った思いはしていないけれど、もしかしたらそれも相対的な話なのかもしれない。ボーダーラインは、いつもそれを越える瞬間ではなく、遙かに通り過ぎた後で気づくものなのだから。

最近もっとも印象に残ったのは、以前講義を持っていたとある大学の謝恩会だ。校長自ら教職員とともにバンドを組んで、卒業生の前で「Born to be wild」を熱唱。キャンパスが入っているビルには無届けだったらしいという話を聞いて、職員の方に、あの、もしかして既に始末書は用意してたりします?と聞いたら、にこやかな笑顔で返された。誰かが信じる生き方を貫くことは、どこかで別の誰かが尻ぬぐいをするということだ。そのときに、それを知ってもなお手前勝手な生き方を貫けるかどうかが問われるのであって、良きにつけ悪しきにつけ、この人たちは本物だなと思った。新しい旅立ちの門出に立つ若者の前では、そのくらいの大人がいてもいい(たくさんはいらない)。

つまらない、つまらないとつぶやく機会が増えた。ネガティブな感情は長続きしないから、と昔の友達に言われたことがあって、その言葉はいまでも自分の中で大きな希望になっているのだけれど、一方でこれだけぶーぶー言ってると、実はネガティブな感情にも意味があるんじゃないかと思えてくる。つまらないという言葉は、いまが楽しいと思っている人、というか、自信はないけどそう思い込みたい人にとって、とても不快な言葉になる。別にその人を否定するつもりなんかないけど、そういう人の前では、悲しい気持ちになることすら許されない。それでもつまんないって言っちゃえるためには、それなりの理由が必要になるわけだ。

つまらないのは、現状に不満があるからだ。いまが楽しいと思いたい人は、その環境が自分の生み出したものではなく、あらかじめあった環境に努力して適応してたどり着いた楽しさであればこそ、そうした不満を許さない。つまらないのは、あなたの自意識の問題でしょ、どうして変わろうとしないの、という。でも、実際につまらないものはつまらない。不満を持つべき現状、変革を突きつけるべき惰性の現実は確かに存在する。つまらないという感情を否定する人は、水の流れのような現状に流されて、いつか大きな海までたどり着くことはあっても、一筋の小さな流れさえ自分で生み出すことはない。

坂口安吾が「生きよ、堕ちよ」というとき、それは、戦前の秩序からの堕落を意味していた。お国のために散ることを誇りとし、涙ながらに子どもたちを見送った母を、地域と親族の誉れのために死んだ若者におめでとうと声をかけた近隣の人々を裏切るということだった。誰かが自分のことを好きでいるから、その好きな人が悲しむような真似はするまいという道徳を否定することだった。それは結局、「好きな人のために死ねてよかったね」という、文字通りの犬死にを覆い隠す虚飾の理屈でしかない。大義のための死を肯定する理屈からは、小さな大義のために毒ガスをまいたり、死にかけている人にカメラを向けたりする振る舞いを否定する理屈は出てこない。

つまらないからこそ、変えるべきものが見えてくる。でもそれは同時に、変えなくてもいいと思っている人たちを傷つけ、否定することになる。誰にも迷惑をかけずに、自分の生きたいように生きていける人は素敵だと思う。でもそれができなかったら、誰かが傷つくことや誰かが迷惑をすることに怯えて逃げ出すか、傷ついた人たちに、その傷以上のプラスをあげられるまでは引き返さないと覚悟するかのどちらかしかない。

子どものままでいることは、大人になるよりずっと難しい。でもそれよりもっと難しいのは、大人にも子どもにもならずに前進し続けることだ。そして一番難しいのは、そういうスタイルを貫いているにもかかわらず、誰かの模範になることだ。大人にさせられることより、真に受けて模倣する若い子が現れる機会が増えることの方が怖い。それでも現状に不満を抱きながら、前進する子どもでも大人でもない何かでいられるか。それを自分に問いかけられるか。そんなことを思いながら、ハッピーバースデー俺。

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