一割の法則

iPhone4の予約が、初日だけで60万台を突破し、過去最高の勢いなのだという。いよいよスマートフォン市場の本格的な広がりか、とささやかれ、テレビの情報番組でも日本のケータイのガラパゴス化が問題だと言われるようになってきた。普通に街を歩いていても、主婦層や学生が、普通にiPhoneを使っている場面を目にするようになってきた。様々な意味で、業界の勢力が変わりつつあるぞ、と実感する理由には事欠かなくなっている。

しかし「みんなが使っている」ように思えるiPhoneも、データで見るとだいぶ様相が違う。『ケータイ白書2010』では、昨年10月の時点でiPhoneの使用者率はソフトバンクユーザー全体の6.9%、ソフトバンクユーザーが全体の20.9%だから、iPhoneユーザーは全体の1.4%しかいないことになる。

出荷台数で見ると、MM総研の調査では、2009年度のスマートフォンの出荷台数が234万台で前年比113%増。うち約7割がiPhoneだという。スマートフォンの携帯電話全体に占めるシェアは6.8%となっており、『ケータイ白書』のデータよりも大きいものの、せいぜい5%強のシェアということになる。

iPhoneなんてぜんぜんはやってないじゃーん、ということを言いたいわけではない。大事なのは、なぜこんなにも、流行意識と実態が乖離しているのかということだ。そもそも「流行」という現象じたい、ジンメルを引くまでもなく「差異化」と「同一化」のバランスの上に成り立つ出来事だから、常に意識と実態は乖離する。「いま流行っている」と思うからこそ人々はその商品を欲しがる(同一化)のだが、すべての人にその商品が行き渡ってしまうと、自分だけが流行の最先端にいる(差異化)と感じることができなくなってしまうのだ。

ロジャースの「イノベーター理論」は、このバランスをうまくモデル化した優れた理論だが、彼の理論に、流行サイクルの失敗という現象を接ぎ木したムーアの「キャズム」という考え方を用いると、ここで問題にしている「5%でも“大流行”」という不思議な出来事のイメージがつかめてくる。おそらくiPhoneブームは、急速にキャズムに向かって突き進みつつある流行現象なのだ。

キャズム理論の面白さは、流行という現象の、語られる言説としての側面と、実態のあいだのギャップを扱っている点だ。ITに関しては特に、言説先行で「社会の大変革」が語られる一方、実態の変化がそれに追いつかないまま、一時的な流行でしぼんでしまう現象がまま見られるわけだが、それは逆に言えば、流行する直前でこそ、いま流行しているという言説が流通するということでもある。流行している、という言説が特に勢いを増すのはキャズムを超える直前で、そこから先は実態としての流行が広がる一方で、流行言説は減少していく、という風に考えることができるのだ。

20100618この種のギャップは、社会問題を扱う際にも出てくる。これまで何度も書いてきたことだけれど、ネットで話題になっているような現象、ネット右翼とか、あるいは単にネットの流行語とか事件とか、そういうものの認知度は、ネットばかりを見ている人が思っているよりかなり低い。経験的には一割を超えないくらいだと思う。しかし、この「一割の壁」に近づくほど、「ネットでは話題騒然」という意識が高まっていく。もしかするとこの一割というのが、流行を「流行」と呼ぶことのできる限界値なのかもしれない。イノベーターとアーリーアドプターを合わせた理論上の割合が13%だから、文字通りその直前が、言説としての流行のピークなのだろう。

ここで問題になるのは、実態の数値と言説、つまり勘違いで割り増しされた数値のギャップを指摘するという「誠実な」態度がどのような意味を持つのかということだ。割り増しの数値は、割り増しではあれ、あとあとそれを現実の数値に近づけるだけの大きな勘違いを生む可能性のある嘘だ。逆を言えば、そうした勘違いによる「嘘から出た誠」を回避できるかどうかという点が、「実態の数値」を指摘することの意義になる。現実に生じている勘違いに介入する以上、誰も聞いていないところで「ほんとうのこと」を叫んでも、「俺は最初から分かってた」と自分を慰める以上の役には立たないだろう。過去の蓄積が重要になる学術の世界ではなく、社会評論としてそれをやるならなおさらだ。売れてナンボという考え方は、評論のあり方そのものに関わっているのだ。

もちろん、マーケターだって事情は変わらない。実態と言説の乖離を自覚した上で煽りに乗っかるか、実態に合わせて堅実に行動するか。それは選択しだいだけれど、そのことで自分以外の誰かも未来へと連れて行く以上、自分が乗っかった選択には責任を持つべきだと思う。

キャズム
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