「オクテ系」と草食系男子

雑記

先週末もイベントで上京していたのに、今週末も東京でLife。なかなかハードなスケジュールなのだけれど、割と盛り上がりそうな「草食系男子」というテーマ、考えていることを喋りきれる自信がないので、今のうちに色々考えてみる。

ひとつ気になるのは、草食系男子の定義問題で、おそらく深澤真紀さんなんかは、女に不自由しなくなって、がっついた肉食系の恋愛から自由になった最近の男子、という意味合いで使っているのだけど、森岡正博さんの場合はむしろ、恋に対してオクテというか、恋する心を自分に許せない、自己評価低い系の男子のことを指しているっぽい。そして多くの場合、草食系男子に対する「もっと自信もっていけよ!」という年長世代からの叱咤激励・揶揄は、後者の定義に基づいて話が進んでいる気がする。

ただ、前者を「MMK(モテてモテて困る)男子」、後者を「オクテ男子」と呼ぶなら、草食系の本体はMMK男子だろうと僕は思っているし、何より、オクテ男子が大人になるにつれ、真性草食系のMMK男子にクラスチェンジすることも十分にあり得るってあたりが、話をややこしくしているんじゃないかと思う。

そもそもオクテ男子の前に、系譜的に考えるなら昭和の文人はどっちかっていうと「童貞系」が多かったんじゃないかという気がする。「かくいう私も童貞でね」じゃないけれど、その反動からくる大きな破壊衝動だって、文学作品の重要なテーマのひとつになっていたはずだ。それが社会の破壊に至るか、自己の破壊に至るかの違いだけで。

けれど、いわゆるオクテ男子っていうのは、おそらく78年(以下断りがない限り連載開始年)の柳沢きみお『翔んだカップル』(週刊少年マガジン)、同年の高橋留美子『うる星やつら』(週刊少年サンデー)あたりに始まり、81年の三浦みつる『The・かぼちゃワイン』(週刊少年マガジン)、89年の冨樫義博『でんで性悪キューピッド』(週刊少年ジャンプ)など、「性的モラトリアムとしてのオクテ系」の系譜に位置づけられるはずだ。80年代というと、あだち充『みゆき』(80年・少年ビッグコミック)、『タッチ』(81年・週刊少年サンデー)、まつもと泉『きまぐれオレンジ☆ロード』(84年・週刊少年ジャンプ)、桂正和『電影少女』(89年・週刊少年ジャンプ)など、主人公あるいはヒロインが一人暮らし、ないし疑似一人暮らし環境にいる状況で生じるモラトリアムと、それを超克する舞台設定としての、恋愛・別れ・成長がテーマになる作品が目立った時代。「オクテである」とか「ヒロインに対して素直になれない」というのは、いずれ来る「少年時代の限界」に直面するための、重要な装置としての意義を持っていた。

こうした「一人暮らし」「モラトリアム」「突然の同棲」といったモチーフは、いまでも美少女ゲームの定番中の定番になっているし、三角関係からの別れと成長やヒロインの妊娠による大人へのジャンプアップなどの要素も、「鬱ゲー」だの「泣きゲー」だので繰り返されている。プレイしている人たちがどういう風に意識しているのかは分からないけれど、少なくとも僕の中では80年代の少年マンガと現在の恋愛ADVは、そういう風に繋がって見える(それ以外の要素の方が、僕は重要だと思っているけれど)。

ともあれ、そうしたモラトリアム男子=いずれ成長が期待されている少年ではなく、既に男としてある程度完成され、価値観も目標もはっきりしているけれど、恋愛からは「半分降りた」男子たちを真性の草食系と呼ぶなら、それは確かに目新しい話かもしれないな、と思う。五代君が響子さんに本気でアプローチするために、ソープで童貞を捨てなければならなかったように、性的モラトリアムからの卒業は、同時に性的なパートナーとの人生を選ぶということでもあり得た。だからこそ少年マンガの主人公たちは(『翔んだカップル』の勇介を除いて)、超やりまくりが可能な状況にあって、ヒロインたちに手出しができない。重すぎるからだ。

しかし、性的なパートナーを選ぶことと、人生の伴侶を選ぶことの間が大きく隔たり、性的モラトリアムの維持が人生のモラトリアムの維持と非関連化する――要するに童貞でなくても十分にモラトリアムを享受できるようになると、ラブコメの重心も変化せざるを得なくなる。一方で少年誌においては「絶対に手出しができない状況」を正当化するための舞台装置がポイントになるし、青年誌においては「性的なパートナーであるという関係を超えて、その先に進むための理由の調達」が求められるようになる。草食系男子の温度の低さは、むしろそうした「できるのにわざわざしないことを選択する」というジレンマ状況から生じているのではないか。

そんなわけで、僕が草食系男子と聞いてまず思い浮かぶのは、北崎拓『さくらんぼシンドローム』(06年・ヤングサンデー)における阿川君だ。女性が中心の職場という状況で、辛い失恋の思い出を引きずりつつも、ある程度まで「空気を読んで」行動できる彼のスタンスは、二宮ひかる『ナイーヴ』の主人公・田崎から、サラリーマンの肉食性を差し引いたような、ああそりゃおモテになりますよねえというものだし、それだけに逆に共感が持てるなあと思う。

仕事もある、友だちづきあいもある、維持するべき日々の生活がある。恋愛は、それこそ麻生さんのように強引に生活に割り込んでくる一大イベントであって、目標や、まして目的などではない。そのイベント的な「振り回され」が、いつの間にか日常へと回収されていくところが、職場恋愛の始まり方としてとても自然だし、阿川君の異動に関する彼と麻生さんのジレンマも、うんうんとうなずいてしまう。そう、僕らはとても忙しいのだ。

そんなわけで、僕はオクテ系男子の草食性よりも大人ゆえの草食性に思い入れがあるし、それ自体、必死で大人になろうとして獲得したものである可能性を考えれば、性的自立を獲得すれば一人前、なんて昔の生き方よりは誠実だと思う。ま、問題はその先で、そうした「こだわりのなさ」こそが、他者を傷つける無神経さへと裏返るっていうのも、ありがちな出来事なんだろうけれど。大人って難しいです。

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