物語へと焦がれる生

雑記

『永遠の終わりに』を終えてすぐにとりかかった積みゲー崩し。まずは『俺たちに翼はない』だったのだけれど、本編の予告編とも言える『俺たちに翼はない~Prelude』(通称「有料体験版」)で受けた印象を、いい意味で覆された感じ。

もともと有料体験版の段階では、登場人物たちのキャラクターや言語感覚みたいなものがすごく面白くて、これはきっと本編でもその延長で話が進むのだろうと思っていたら、主人公の周辺の人物たちの視点から作品世界を描いた「Prelude」と異なり、本編では三人の主人公、鷹志、鷲介、隼人のストーリーが編み上げられていく展開だったので、より内面的な描写が多くなっていたように思える。

とはいえ、「Prelude」で感じたキャラクターの立ち方や、言葉に対する感覚は、より意識的に掘り下げられているなと感じたのも確か。ストーリーのさわりだけでも説明してしまうと大きくネタバレになってしまうので、そっちの方に話を絞ってレビューしようかな。

会話が主体のADVにおいては、ストーリー展開以前に登場人物たちのキャラクターを確立させるためには、「髪型」「目の色」などのビジュアル要素と、「語尾」のようなしゃべり方のクセをあれこれと弄る必要があった。それがいわゆる「オタク的」とも呼ばれるような、独特のキャラを生みだしてきたわけだけれど、本作においてはそうしたテンプレート的な要素によるキャラクター配置ではなく、現実に存在していそうな人々をデフォルメしたような口調で「ああ、いるいるこういう人」という印象を喚起させようとしている。

特に、「羽田鷹志編」のクラスメートや、「成田隼人編」に登場するストリートの連中は素敵すぎる。いじめられっこのトラウマを刺激する高内の攻撃的な喋り、LRのインチキフリスタ、寅さんみたいな喋りのパル姐さん。ああ、わかるわかる、と思う。確かに現実にはこういう人はいないと思うけれど、極端に突き詰めればこうなるよのね、っていう。

咲夜なんか、初期のパンクスタイルが好きだったのに、バンドがどんどん嘆美の方向に走っちゃって、そっち派閥のファンとそりが合わないって聞くだけで、逆のパターンだけど、まあよくある話よね、と思うし、無駄に下から上に抑揚を付けるしゃべり方で「うざいチャラ男」を演出しているバニィ君だって、一皮むけば空手部主将の体育会系、上下関係きっちり、みたいなところがある。なんかどっちも俺の周辺にいたかもしれない。

微妙だけど、方言っぽい言葉を交えてくるのも面白い。鳴の関西弁、紀奈子の北関東訛りや、独特の言葉がミックスされてるっぽいコーダインの口調、そして少年期の鷹志の「お」にアクセントが来る「俺」の発音(お菓子の「オレオ」と同じ、神奈川県西部~静岡の特徴だったか)。こうした細かな描写からキャラクターを読み取っていくことで作品世界を深めていくような描き方だと、オタク的なデータベースというよりは、現実に存在する人へのリテラシーが重要になるから、「ああ、いるいる」って思えないと、面白くも何ともないのかもしれないけれど。

全体的に、ストーリーよりもそうした細かい描写の方が楽しめたという意味では、有料体験版から印象の変わらなかった作品だけど、ストーリーを通じてより入り込めた登場人物もいる。それが、森里和馬と鳳翔という二人の男だ。恋愛ADVで男の方が面白いて。

和馬は、学校では鷹志のクラスメートであり、ストリートギャング集団「柳原フレイムバーズ」の代表、翔に心酔する少年として、隼人のストーリーにも絡んでくる。とにかくもうこいつが超ヘタレで、バニィとケンカしてボコにされ、幼なじみの幸田亜衣には相手にされないどころか、彼女は隼人に好意を寄せているという状態。そして「Prelude」でも描かれていたとおり、本作では精神科に通院中で、隼人に対してもいつもヒネた目を向ける。

そのヒネた和馬のしでかしたことや、それでも憎めないダメっぷりは愛しいし、彼自身、その平凡さにコンプレックスがあるからこそ、キャラや、過去や、力や美貌を持った翔へのあこがれを生んでいる。何もない平凡な僕らも、だから彼には共感する。

けれど、そんな「物語のある生」を求める和馬のあこがれの対象、翔もまた、別の「物語に焦がれる人物」であるあたりは、ある意味で皮肉だ。彼自身、過去に大きなトラウマを持っているし、才能もあるし、人望もある。でも、それでは彼の憧れる、ある登場人物と比べて、決定的に物語が足りないのだ。その枯渇した感情は、単純だけれども、彼の重要な行動原理になっている。

確かに、僕らも感じたことがあるかもしれない。過去に辛いことがあって、普通の人とは違う何かを人生の中に刻み込まれたとしても、そのこと自体が、自分自身の一回限りの生を、かえって平凡な物語の中に回収してしまうような感覚を。「かわいそうな人」だとか「過去を乗り越えて生きている人」だとか「特別な人」って具合に。物語のある人にあこがれる、と言ってたのは、確かバクシーシ山下監督だったと思うけれど、物語のある生は、いまでは物語になりようもないくらいありふれているのだ。

だからこそ和馬は翔に、翔はある人物に憧れる。その連鎖が、作品を大きく展開していく。タイトルの「俺たちに翼はない」は、様々な角度から解釈できる言葉だけれど、少なくとも和馬や翔の視点から見る限り、「翼=物語」のない人生を引き受け、平凡と日常の中に回収されていくことを選ぶことができるかどうかが、「普通の人」にとって大事なことなんだと思う。

ともあれ、恋愛ADVとしても普通に楽しめる本作。個人的には日和子先生の破壊力に翻弄されていたものの、そのうちコーダインのルートに入れる日が来ることを願ってやまなかったりもする。出ないかなあ。どうかなあ。

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