郊外というジモト

雑記

引っ越しや研究室への資料運び込みがあったおかげで、最近は蔵書の中でも、あまり手に取ることのないものに触れる機会が増えた。書籍だけじゃなく、古雑誌のたぐいもそこそこあって、おそらく当時はそれなりの関心で保存していたのだろうけれど、10年以上たってみると、雑誌というのはそれだけで資料になるのだな、とあらためて思う。

その中でも特に「おっ」と思ったのは、『アクロス』の97年6月号の特集「「郊外」が変わる!」だった。この特集では、「東京23区を除く、国道16号線にかかる市町村まで」を首都圏郊外と定義し、このエリアにおいて、従来の「郊外型ライフスタイル」が非自明化していることが指摘されている。人口変動や商業の動向もさることながら、その中でも面白いのは、「郊外の住人」たちの「地元感覚」だ。

同特集から引用してみよう。

もうひとつ重要な点は、誰もが自分の住むエリアを「郊外」とは呼んでいないこと。新宿、渋谷、代官山などの都心は「都心」と表現しているが、自分の町に対しては「地元」とか「こっち」「近所」という言い方になる。言われてみれば、それは当然。そこは生活の場であることは事実だが、「都心に対する郊外」という概念は、日々暮らす上では発想すらしないのが普通だ。前述したが、「郊外」がもはや新しい町ばかりではなく、そこに根ざして住む人も多く、若者の地元意識も強くなっている今、なおさら住民の「郊外意識」は希薄になっていると思われる。

本誌では87年『東京の侵略』を発表してから、東京の西に広がる郊外地域「第四山の手」を定期的に調査してきた。新興中流サラリーマンの西への移動で生まれる、新しい人工的な山の手文化、それはまさに昨今巷で表現されるところの「郊外」であったと思う。整備された町並み、出窓のついた白い家、ステキな暮らしを演出する生活雑貨、そして主役は専業主婦を中心とした“幸せな家族”というのが、「郊外型生活」のモデルケースだ。

しかし、地価の下落や景気の低迷が続く一方、雇用形態も変化している今の日本で“都心で(定年まで)働き続けるサラリーマンと専業主婦”というモデル自体が、典型パターンではなくなっている。それは、先の「郊外型生活」を送るためのバックグラウンドが変化していることを意味する。さらに物理的にも、その郊外で生まれ育つ子供、若者たちが増えており、彼らはもちろんモデルケースなど意図していないだろう。

この見通しは、僕が『サブカル・ニッポンの新自由主義』で論じていたことのベースになっているし、そこで論じた「ジモト」なるものが、いわゆる伝統的ローカル・コミュニティを指しているわけではないことにも繋がる、とても重要な議論だ。むろん、12年前にこうしたマーケティングの目線の対象になっていた、当時の「若者たち」は、後に「ロストジェネレーション」と呼ばれることになり、その一部は「モデルケース」からの距離感をアイデンティティの基盤にしていったわけだから、“郊外型”を目指さない地元の若者という描き方は、必ずしも正しくなかったのかもしれないけれど。

ただこの話を、特集で言われているような「脱-郊外型」現象ではなく、「新しい郊外の誕生」として捉えれば、色んな点で、現在の状況を考える材料になる。同特集が示すのは、「主婦の演出するステキな生活」「ファミリー中心」「雑貨コンシャス・カントリー調」のパッケージ化された生活と、クルマライフを前提とした郊外型ショッピングセンターで成り立っていた「郊外型」イメージが消滅するということだ。代わって登場するのは、そうした「あてがわれた郊外意識」が希薄化し、「ジモト」「生活圏」という意識のみが残存する――それゆえに「住んでいるエリアが郊外地区なだけ」で「都心もジモトもロードサイドも活用」するという「脱-郊外型」イメージだ。

しかしこうした、都心・ジモト・ロードサイドの循環で成り立つ風景こそ、速水健朗が『ケータイ小説的』などで描く「ネオ郊外型」のイメージだし、都心の再開発+ジモトの空洞化=ジャスコ化+ロードサイドの肥大化という、00年代の変化を象徴するものだった。いま『Meets Regional』という雑誌で始めている連載では、その変化を前提にしつつ、「古き良き地域」か「既成事実化した郊外の現状肯定」か、という極端な対立の間を縫うような地域論ができないかと模索している最中だ。

特に、以前も書いた観覧車の話に繋がるけれど、エンターテイメントと商業施設が一体になった複合施設の風景は、明らかに「下町-都心-山の手-郊外」という関係性の外側からやってきたものだ。この記事で取り上げたアクロスの特集では、その先駆けとしての「アウトレットモール」の定着について、囲み記事で少しだけ触れられているのだけど、空間のエンタメ化(=現実の虚構化)の典型としての「ネオ郊外」化は、景気などの要因だけでは語れない、別の流れの中で考えるべきことなのかもしれない。

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