ハッピーエンド症候群

雑記

前島賢『セカイ系とは何か』の中で、とても興味深いと思ったのは、ゼロ年代後半のコンテンツたちへの批評だ。一方の極に、『CHAOS;HEAD』や『STEINS;GATE』、『15×24』、『428』、『デュラララ!!』といった作品を挙げ、これらを『ブギーポップ』シリーズから連なる、都市伝説と群像劇の復活であると位置づけ、他方の極に、『あずまんが大王』から続く『らき☆すた』、『けいおん!』、『生徒会の一存』といった「空気系」の作品をもってくる。特に後者においては、オタク的モチーフへの自己言及が、あっさりとオタクの自己肯定のために用いられている点が特徴的だと述べられている。

その評価の是非については、納得がいかないと言うより、「もっとこう見た方がいいんじゃない?」という感想があって、それがセカイ系評論と繋がるかどうか分からないのだけれど、これらの作品の中で、特に主人公のキャラがはっきり立っている作品には、共通の特徴が抽出できるのじゃないかと思っている。それは具体的には「もう誰も不幸にさせない」、「みんなを幸せにする」という意志に貫かれている「強い主人公」であるという点だ。

たとえば、セカイ系の現代型として、そのモチーフを完全にサブジャンルとして消化したと評されている『スマガ』にせよ、同じ文脈でセカイ系的ループ図式を採用しつつ、自意識語りからの距離を感じるとされる新劇場版『ヱヴァンゲリヲン』にせよ、なぜそこで主人公たちが「がんばる」のかと言えば、「みんなで幸せになる」ためだ。Xbox360版までプレイしないと判断できないけど、『CHAOS;HAED NOAH』にも似たようなモチーフがあるのではないかと思っている。『生徒会』シリーズの杉崎鍵は、過去に二人の女性の間で、どちらも選べずに両方を傷つけた過去から、生徒会においてハーレムエンドを目指すべく奮闘していることが示唆されているし、オタクの自己肯定と紹介された『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』シリーズでも、非オタクの主人公は、登場人物たちを見守るスタンスを貫きつつも、肝心なところではちゃんと出てきて、女の子たちを励ましたり、彼女たちに代わって文句を言ってやったりするのである。

セカイ系的な自意識語りは、ある意味で「セカイには関与できない」という諦念やニヒリズムと一体になっていた。自分はセカイの一部に過ぎず、それゆえ大河の流れのようなセカイに対して自分が広げられる波紋には、たいした意味はなく、だからこそ既存の倫理や道徳観も、その流れの前では無意味になることがあるのだと。僕が『戯言』シリーズを評価したのは、結局のところ、人はそれでも、セカイを俯瞰する立場から、セカイに関わる立場にならなければいけないという結論に達していたからだ。いわばそこで僕は、セカイ系的な身振りを、セカイに関わるためのリソースとして肯定したのだった。

だが、そうやってセカイに関わることは、時に残酷だ。いーちゃんが友を選んだように、トゥルーエンドはひとつしか選べない。「みんなで幸せになる」などというのはそれこそ戯言に過ぎない。誰かを選べば選ばれなかった誰かは傷つくし、そうやって選ばれなかった方を慰めれば、選ばれた方が心に爆弾(©ときめきメモリアル)を抱えてしまう。だからこそセカイに関わることを徹底的に拒否する――なぜなら関われば自分のせいで人が死ぬから――というモチーフを扱ったのが、入間人間『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』シリーズであり、その対象項となるのが『探偵・花咲太郎』シリーズになるというのがいまのところの僕の予想だけど、ともあれ、セカイ系的な「ぼく」を突き詰めれば、誰かを不幸にすることを厭わずにセカイに関わる(『ベルリン 天使の詩』!)か、徹底的に幸福のセカイに内閉していく(みーくん!)かのいずれにかになるだろう。

「みんなを幸せにする」という強い意志を持った主人公たちの存在は、明らかにこうしたセカイ系的想像力の果てにある。よりはっきりと言えば、そこでは「みんなを幸せにする」ための自己犠牲すら許されておらず、主人公が自分の幸せを追求することがすなわちみんなの幸せであるという意味で、「みんなで幸せになる」「誰も不幸にしない」ことが目指されているのだ。しかもそれは、目指すべき目標として設定されている。『CROSS†CHANNEL』的な、自分さえいなければセカイはうまくいく、という想像力ではなく、自分込みでセカイをハッピーにするという、熱血なようでいて実はかなり悲壮な決意が、そこにはある。

「ハッピーエンド症候群」とでも呼んでやりたくなるようなこうした身振りは、セカイのループ(≒永遠のモラトリアム)を否定しているという点、自己込みで完成するセカイを目指しているという点において、アンチ・セカイ系であり、その意味でセカイ系の想像力の裡にある。そしてそれはご都合主義的な結末であるがゆえにエンターテイメントであり、主人公ひとりにとってのご都合主義でしかないがゆえに不道徳的だ。僕個人としては、そうした都合のいいことを夢想する主人公が、現実に裏切られ、決断を迫られたり、責任をとらされたりする社会を肯定する。他方で、「みんな幸せになればいいのに、なんでこの世には不幸があるの?」というお花畑な理念からスタートしない限り、大人になんかなれない子どもたちがおおぜいいるのもまた、この国の現実だと思う。

セカイ系は、セカイの成り立ちを俯瞰するようなメンタリティをもった子どもたちが大人になるための、大事な想像力だったと今でも思う。それと同じで、「みんなで幸せになる」ことを目指すハッピーエンド症候群も、それがどれだけ虫のいいことを言ってるとしても、否定されるべきじゃないと思いたい。それが本当に「ハッピー」になるのかどうか、まだ子どもたちの前には提示されていないのだから。

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