プラットフォーム戦略としてiTunes Matchを考える

雑記

連休前に発表されたiTunes Matchの日本展開。意外だったという人も多いようだけど、最近ちょうど講義なんかでAppleの戦略について扱っていたこともあって、すんなり腑に落ちたというのが第一印象。要するにウェブのクラウド化を背景に、多くのアクターがプラットフォーム戦略による自社のコア・バリューの上昇を狙っていて、今回の話もその一環だと考えればいいのじゃないかと。

プラットフォーム戦略とは、ウェブ経由で提供されるサービスを基板にして、多面的に市場の外部性を獲得しながら、自社の収益源となっている製品/サービスの付加価値を増大させようというものだ。市場の外部性とは、利用者が増えれば増えるほどサービスの利用価値が上がるというもので、Appleについて言えば、多くの楽曲が提供されていることでiTunes Storeの付加価値が高まるということを指す。さらに、利用価値のあるサービスにはユーザーが集まるので、アーティストやアプリ開発者にとっても、楽曲やアプリを提供するインセンティブが高まるということもある。iTunes Storeというプラットフォームを中心に、ユーザーとコンテンツサプライヤーが互いに付加価値を高め合うシナジーを産んでいくので、「市場の二面性(多面性)」というわけだ。

報道によると、iTunesのアカウント数は既に8億。国によって環境が違うのでこれが全て単一の市場になっているわけではないが、プラットフォームとしての魅力は十分だ。ではAppleはこれをどのように自社のコア・バリューと結びつけているのか。

雨宮寛二『アップル、アマゾン、グーグルの競争戦略』によると、IT分野で成功しているこの三者の戦略の差は、創業時とインターネットの普及時期との距離感にあるという。ネット以前からものづくり企業として成功(したり失敗したり)してきたAppleに対して、ネット草創期に創業したAmazonはネット通販、すなわち物流企業として事業を拡大し、ネット普及以後に創業したGoogleではネットのサービスそのものがコア・バリューになっている。

そう考えると、Appleにとってウェブのサービスはあくまでモノを売るための付加価値だ。もっと言えば、自社の製品を通じてウェブ的な体験を売ることが彼らのミッションなので、サービスの方で収益を上げるインセンティブは相対的に低い。2000年代、SONYがSME(レーベル)+mora(プラットフォーム)+SonicStage(アプリケーション)+Walkman(再生デバイス)という形で構築したワンストップサービスにこだわり過ぎたあまり、すべての技術・サービスでAppleに先行し、価格面でも初代iPodより安い製品を提供していたにもかかわらず、後発のiPodにシェアを奪われた理由のひとつが、iTunes Storeのプラットフォーム化によるモノとしての付加価値向上に集中したAppleの戦略にあったと僕は見ている。

現在、Appleが展開している製品はiPhone、iPod、iPad、Macなどで、想定されている利用シーンの幅が広がっている。これらをiCloudを通じてシームレスに接続することで「全部Apple製品」のライフスタイルにさせてしまおうというのが彼らのプラットフォーム戦略だ。この中で、ユーザーデータの多くを占めている音楽ファイルをマルチデバイスで同期できるようにすることができれば、設定ファイルだの写真だのといったものより付加価値の高い情報を自社製品に紐づけて利用させることができる、という狙いがあるのだろう。

そのためには権利者の理解が欠かせないが、既に大きな市場の外部性を獲得しているiTunes Storeであれば「イヤならうちでは売らせない」くらいの交渉力を持っている可能性もある。未確認だけど、iTunes Matchの利用料金から、楽曲の再生回数に応じて権利者に著作権料が分配されるというもある。これが本当なら、違法にダウンロードされたファイルでからですら著作権料を回収できるわけで、コンテンツサプライヤーにとっての楽曲販売インセンティブは大きく高まるだろう。

さて、では類似のサービスであり、先行しているAmazon Cloud DriveおよびAmazon Cloud Playerについてはどうか。これは基本的に、Amazon MP3で購入した楽曲をマルチデバイスで聴けるようにするためのサービスであり、電子書籍販売のプラットフォームであるKindleが、ハードだけでなくアプリケーションとしてもマルチデバイスに展開していることとを合わせて考えても、サービスのコア・バリューすなわち収益源は、楽曲の売上そのものにあると考えられる(だからプレーヤーの方は無料だ)。

なので、AppleとAmazonは、楽曲販売プラットフォームという点では確かに競合しているものの、事業のコア・バリューにおいては必ずしも食い合っているわけではない。だからこそ差別化が可能になるわけだが、だとするならばiTunes MatchなりAmazon Cloud Playerなりの今後を占うためには、インターフェースやストリーミング速度のような個別の要素からではなく、どちらのコア・バリューがユーザーにとってより魅力的であるかを考えなければならない。これは一言で言えば、モノとサービスの競争なのだと思う。

アップル、アマゾン、グーグルの競争戦略
雨宮 寛二
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