誰かの一年の一部であるということ

僕にとって大晦日というのは、「死ぬ日」ということになっている。もちろん抽象的、あるいはスピリチュアルな意味で、なのだけれど。

このブログで年末の記事を書くのも10年目。前身のブログを始めたのが大学生の終わり頃だから、もう20年、こうして年末になると、自分の人生の最後の時間のことを考えながら、記事を書くということを続けている。その間に歳もとったし、周囲にいる人にも、死がリアルな、身近な出来事になっているような方々が増えてきた。そう考えると「もしも今日が人生最後の日だとしたら」という想定も、なんだか呑気な話のように思えてくる。実際、数字の上での年齢は重ねても、健康や体力といった面で年を感じることはほとんどないわけで。

命の蝋燭は日々目減りしているのだろう。けれど、人生に軟着陸なんてないなとよく思う。ある日突然、思うように体が動かなくなり、生き方のステージが変わるのかもしれない。さすがに中二臭いイメージというか、この高度に医療化された社会で、スイッチが切れるように突然死したりしないとは思っているけど、少しずつ人生の後半戦にふさわしいライフスタイルに転換するなんていうのも、ちょっと想像できない。

そんなことを思っていたのは、教え子たちとバンドを組んで、内輪のライブイベントを開催すべく練習を続けていたときだ。2時間のステージでほぼ出ずっぱりだったので、リハスタでも一人ギターを抱えたまま、しかも授業が終わったあとの練習、なんていうのが当たり前だったのだけど、さすがに集中力を欠いて演奏にキレがなくなるのは仕方ないとしても、立っていられないとか、演奏できないといったことはちっともなかった。人と一緒に演奏できることの楽しさを全身で浴びながら、もっともっと、と思いながら飛び跳ねていたはずだ。

Photo by R.ITAKURA

ブレーキがないのだろうなと思う。楽しいこと、面白いことに対して全力で突っ込んでいって、ときに派手にすっ転んで精神的に傷ついたり肉体的に怪我をしたりするんだけど、それでも「懲りる」とか「諦める」ということがない。不屈の精神とかそういういい話じゃなくて、ほんとうに動けなくなるまで突っ込んでいかないと、自分で止まることができないのだ。いまはたまたま、動かなくなってないだけで。

そういう意味で今年は、というかこの数年、年末には同じようなことを書いているので、今年「も」、自分ひとりの人生としては、ずいぶん楽しませてもらった。例年と違うのは、他者との関係のあり方やチーム、組織というものについて、すごく考えるようになったことだろうか。

自分が運営する集団は、日に日に大きくなっている。ゼミ生は3学年で60人以上、マネジメントを担当する1年生向けの必修科目の担当教員は20人前後、副所長を務める研究所でも、何人もの研究者との共同作業が続く。10年以上続けているラジオ番組だって、どんどん出演者の幅が広がっている。そうした集団の中には、これまでの自分がしてきたような「ビジョンを描いて、それに対する共感をベースにまとまる」というやり方が通用しない人が何人もいる。当然だが、組織として、あるいは業務として関わっている人の中には、その範囲内できちんと責任を果たしてもらえれば十分という人も多い。

逆に、自分が目指す理想や目標が、個々の人たちにとって高すぎる場合もある。そういうときに僕が一人で大きな夢を描いても、実際の運営やチェックを担当する人たちに大きな負荷がかかり、結果としてチームが崩壊することにもなりかねない。良くも悪くも「ひとりでない」ことを十全に活かすようなマネジメントを考えなければ、自分の抱えた夢の大きさに、色んな人が潰されてしまうような大きさの仕事を担うようになっている。

今年はそんな「夢の大きさ」と「その大きさに見合うマネジメント」について、様々な場面で考えさせられる、あるいは苦しめられることの多い年だった。自分にできることは、このサイズの仕事の中では限られている。だからこそ自分と異なる人との協働作業が大事になるし、そういう人たちの信頼やコミットを得るためには、今までとは違うやり方を模索していかなければならない。そういう自覚と実践が、今年得られたものの中で、何よりも大きい。

Photo by K.HASHIMOTO

大きな事を成したい、という人は少なくない。ただ、事を成すにあたって、自らがリーダーとなって、未踏の地を最初に踏む人間でありたいという人ばかりかというと、そんなことはない。僕たちが一番大事にしないといけないのは、最初に何かを成し遂げる人になるわけではないが、チームの一員として、まだ見ぬ場所へたどり着きたいと考え、そのために、自分のできる範囲でコミットしてくれる人たちだ。

そんなことを考えたので、今年は、いつも書いている話を少しだけアレンジしてみたい。「七味五悦三会(しちみごえつさんえ)」という、江戸の風習。大晦日の夜、除夜の鐘が鳴っている間に「その年に食べて美味しかったものを七つ」「その年に起きた嬉しいことを五つ」「その年に出会えてよかった人を三人」数え上げることができたら、その年はいい年だったねといって年明けを迎えるというもの。

これまではいつも、自分の中で数えることができればよかったんだけど、考えてみれば、こうした食事や楽しいことの中にも、必ず他の誰かがいたはずなのだ。自己物語は他者に語られ、承認されて意味を持つという話も別の記事で書いたけれど、きっとこうしたことの中にその人がいたということを、きちんと伝えておくべきなのだと思う。人間関係も広がり、複雑になっているこのご時世、すべての出来事を共有できる人なんか、きっといない。けれど、部分的にでも、シェアできる人には話しておくべきだと思う。

自分が誰かの一年の大切な一部であったこと、それが他ならぬ今年であったことこそが、きっと、今年が今年であったことの意味だと思うから。