わかることは、変わること

雑記

何年かに一度、なにかの巡り合わせで、ほんとうに恵まれたなあ、よく働いたなあと思うような年がある。2019年は、確か10年ぶりくらいに、年に2冊の本を出版することができたし、学会報告もしたし、研究所の所長としての職責も果たした。至らないところは多々あったけれど、胸を張っていい年だったと言える暮れを迎えている。

それだけではなく、今年は自分にとって人生観の転機だなあと思うような出来事も多かった。もっとも大きいのは「時間と消費」について考えている中で「人生を豊かに生きること」の意味について向き合ったことだ。

ひとつのきっかけは、減酒のために開発したサービスだ。通称「ドリンクチケット」と呼んでいるこのサービスは、お酒を飲んだ日には1枚チケットを消費しなければならないという、それだけのものだ。ただ、「1週間に筋トレした日をカウントアップする」といったアプリはたくさんあるのに、「今週はこれだけしかやってはいけない」というカウントダウン式のアプリがぜんぜん見当たらなくて、結局自前でスクリプトを書いた。

ほんとうに酒量を減らすというのなら、あまり役に立つサービスではない。実際、チケット制を取り入れたばかりの頃は、深酒をしてしまったこともままあった。けれどそのうち、「今日、自宅で自棄酒に発泡酒を空けるのに、この1枚を使っていいものだろうか?」という疑念が湧くようになった。今日の1枚を使ってしまうと、別の日にチケットを使うことができなくなる。どうせなら一番いいときのために、このチケットは取っておきたい、と考えるようになった。

実はこの「限られた機会をできるだけいいときに使いたい」という姿勢が、12月に出版した『誰もが時間を買っている』で提唱している「加算時間価値」というコンセプトのもとになっている。どうせ同じ1時間なら、自分にとって必要な、大事なことに使いたいという消費者のモチベーションは、おそらく来年も、いろんな市場を生み出す一方で、新たな課題も生み出すだろう。そんな風に発想の展望が開けるアイディアを生み出せたのも、自分の時間の使い方について考えてきたからだ。

でも、考えてみれば不思議だと思う。年の暮れにこうやってブログを書いているのも、年越しという行事が、自分にとっては「死」に等しいものだという想念があるからだ。時間を過ごすことは、少しずつ終わりに近づくということでもある。いい時間にしたいと言ったところで、どうせ終わりのときはくるし、どれだけの成果を生み出した年でさえも、明けてしまえば「去年」でしかない。「もっとこの時間を」と願ったところで、誰にも時を止めることはできない。

「どうせなら、いい時間にしたい」という言葉に、ある意味で後ろ向きな、いつかは消えてしまう輝きをせめて留めておきたいと願うような刹那を感じてしまうのは、もはやパーソナリティとか、せいぜい世代的なものでしかない。ほんとはそんな風に考える必要も、心配も、不安なんてなにひとつないのかもしれないのに、「このチケットで人生最後」なんて思ってしまうような、そういう感覚がぬぐいがたくある。

ただ、そうしたことに気づけたことそのものには、すごく感謝している。誰に? 頑張った自分でもあるし、一緒に知恵を絞った仲間にでもあるし、知恵を授けてくれた何者かに対してでもある。「インスパイア」というのは、スピリット、つまり霊的な存在が降りてくるという意味だ。オカルトじみたことを言いたいのではなく、自分の理性や合理性によって計算不可能なところから、閃きはやってくる。それによって自分の世界に対する認識が変わり、同じ時間ですら、まったく違うものとして感じられるようになる。

「わかることは、変わること」。Lucky Kilimanjaroのリリックを聴いていて、ほんとうにそうだなと思う。何かが分かってしまった後には、それ以前と同じ世界を生きることはできない。「どうせなら、いい時間にしたい」は、一瞬で消えてしまう刹那への憧れでもあるけれど、「どうせなら、いい人生にしたい」という決意表明でもある。

というわけで、毎年恒例の、年末のブログに書いているお話。「七味五悦三会(しちみごえつさんえ)」という、江戸の風習。大晦日の夜、除夜の鐘が鳴っている間に「その年に食べて美味しかったものを七つ」「その年に起きた嬉しいことを五つ」「その年に出会えてよかった人を三人」数え上げることができたら、その年はいい年だったねといって年明けを迎えるというもの。

昨年からこの風習を少しアレンジして、数え上げた今年のいいことを、誰かに伝えてみたらどう、と周囲に話している。だって、その話を聞いてくれるその人は、来年はあなたとは違う場所にいるかもしれないけれど、それを伝えあうことで、相手の世界の何かが変わり、結果的に以前とは違う世界に連れていけるのだとしたら、それはほんとうに素敵なことだと思うから。今年も、そして来年も、あなたの1年が、世界への向き合い方を変えてしまうような出来事に満ちていますように。

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