2020年の音楽を振り返る

雑記

音楽が傷ついた1年

もしも2020年にインターネットがなかったら。コンテンツを無料で見られるところで公開するなんてありえない、という時代だったら。それはもう大混乱だったと思う。新曲をプロモーションする場はテレビにしかないのでヒット曲は極端に偏り、ライブ興行のできないインディーズバンドが苦境に立たされ、ファイル交換ソフトで新曲のリリースなんてことになってたかもしれない。たとえばいまが2000年代だったら。

幸いなことに2020年になるまでに、音楽が人々に届けられる環境のDXはかなり進んでいた。音楽配信はサブスクリプションが標準化され、今年は複数の大物アーティストの楽曲がサブスクリプションで配信(「解禁」という言い方は好きじゃない。誰も禁止なんかしてないもの)されるようになり、YouTubeにアップされたPVは、作り込まれたアニメ調で情報量が多く、それを深読みするファンの存在もあってコンテンツとしての存在感を高めていた。俗に「夜好性」と言われているアーティストたちは、いつの間にかテレビでも「若者の絶大な支持を集める」存在になっていた。

また、楽曲の二次使用が当然のことになっているのも大きい。TikTokのBGMに使用されることがヒットの条件になるのを嫌がる人もいるかもしれないけれど、そもそもCMのタイアップだって数秒のキャッチでヒットしていた構図は変わらなかったわけだから、舞台がネットに移っただけとも言える。自粛期間中には、様々なアーティストがTwitterで弾き語り動画をリレーする「#うたつなぎ」も話題になった。

こういう「ネットがあって助かった」側面は多々あるけれど、それでも、この1年はやっぱり「音楽が傷ついた」と言っていいと思う。春先には複数のライブハウスでクラスターが発生し、多くの興行が中止を余儀なくされた。その後もカラオケ、合唱など、人が当たり前に音楽を楽しむことがハイリスク行動であることが明らかになり、「楽しむことを自覚的に制限する」という、音楽にとって根本的な難題を突きつけられることになった。

そういう1年だったから、毎年恒例になっているこの振り返りも、ちょっと感傷的になってしまう。実際、このエントリのために動画を見返していて泣いてしまった曲は、ひとつやふたつじゃない。音楽を届けることも聴くことも止めなかった人たちがいたから、こんなにたくさんの素晴らしい楽曲に触れることができたけれど、できるならいつか、その熱意がもっと人の幸せを増やす方に向かうときが来ますように。

アレンジの実力

ことしは実力派、大物アーティストの中でも「そうくるか」という楽曲は多かったけど、やはりアレンジ力という点で絶賛するほかないのがこちら。

Official髭男dism「HELLO」

そもそもミドルテンポのシャッフル曲って、リズムキープが死ぬほど難しい。それに加えてキーボード、ギター、ベースそれぞれがお互いの裏メロを走ったり、上昇フレーズでリズムに色を添えたり、音数を増やすことなく密度が高まるようにアレンジされている。吹奏楽部あたりで演奏するとなると全員が燃えそうなやつだ。ただのメロディがいいバンドではなくて、楽団出身の実力を見せつけられた一曲。この曲そのものが再生され続けるかどうかは分からないけれど、サビのフレーズは長らくスタンダードなものとして耳に残る使われ方をしていくのだろうな、と思った。

湘南乃風&中田ヤスタカ「一番歌」

こちらは上とは逆に「なんでこうなった」しかない楽曲。湘南乃風がヤクザを主人公にしたゲームの主題歌を担当するのは分かる。でも、なぜ中田ヤスタカだったのか。そして両者がどういうコミュニケーションをとって楽曲を制作したのか。すべては謎だらけだ。なのに、完成した楽曲は、両者の魅力が完全に癒着している。いや、「融合」はしていない。どこが湘南乃風の魅力で、どこが中田ヤスタカのプロデュース力なのか、誰の耳にも理解できる。ただ、それが互いに対立したり食い合ったりするのではなく、ぴったりとくっついてるのがすごいとしか言いようがない。

ちなみに、大物コラボで両者の魅力が完全に融合してしまったのが東京スカパラダイスオーケストラの「Good Morning〜ブルー・デイジー feat. aiko」。こちらもめちゃくちゃすごい。

バンドの強さ

バンドにとっては受難の年であった一方、ベテラン勢でも新人でも、強い存在感を放っていた人たちが何組もいたのが印象的だった今年、やはり度肝を抜かれたのはこの2組。

climbgrow「ドレスを着て」

羊文学「あいまいでいいよ」

滋賀県出身のロックバンド、climbgrowは、初めて聴いたとき、超ハスキーなボーカルとソリッドな演奏から「ミッシェルの再来か?!」と思ったのだけど、あらためてメジャー1stアルバムを聴いてみると、その演奏や楽曲の幅に驚く。ガレージロックだけでなく、ハードロックからオルタナ、モダンなJ-ROCKまでを吸収し、自分たちの魅力に変えられるところを存分に投入する実力を強く感じて、何度もリピートして聴いていた。

既に注目の的だった羊文学は、今年がメジャーデビュー。バンドとしても、またボーカル・塩塚モエカとしても様々なところに露出したことで、より一層認知は広がったはず。ただ当人たちは相変わらずのカレッジインディー感ただようシンプルな構成の楽曲を発信し続けていて、この曲なんかもめちゃくちゃシンプルなのになんか真似しづらいオリジナリティがある。とくにサビの「あいまいでいいよ」のところのコードなんか、コピーしてて「そっちに展開する?」ってなった。カポ2のポジションでB add9のコードをアルペジオするところなんて、誰でも思いつくはずなのに、この曲のフックで入ってくるとめちゃくちゃ印象的に残る。才能ってこういうところに出るんだなあと。

ハンブレッダーズ「ライブハウスで会おうぜ」

春先の自粛期間がひと段落し、経済活動が再開されようとしていた頃、久しぶりに乗った通勤電車でこの曲を聞きながら、ずっと泣いていた。PVでは自分もよく知っているライブハウスが多々登場するのだけど、無観客のステージや客席でこの曲を演奏する姿は、楽曲そのものを超えてあの時期に感じた痛々しい思いをそのままダイレクトに表現している。夏以降はフェスに登場したりと大活躍の彼らだったけれど、この曲がこの年の春に歌われていたことを、決して忘れたくないなと思う。

SUPER BEAVEAR「ひとりで生きていたならば」

そして今年はとにかくネットと音楽という点では「THE FIRST TAKE」が多方面で話題をさらった年だった。毎週あれだけの実力のある人を集められるレーベルの力もさることながら、「マイク1本で一発録り」という企画が、完全に今年の状況にマッチしてしまったという流れに、運命的なものすら感じる。

その中でもこの曲は、自粛期間中に「THE HOME TAKE」として、専門スタジオではなくアーティストの自宅やホームスタジオで収録されたテイク。だからオケのトラックすらも超シンプルなギターコードのみで、再生ボタンは自分で押すという世界。なのに、歌いだしで息を吸うところからもう存在感が段違いという、アーティストの素のままの力が映し出される。見ていて涙が出るだけでなく、文字通り震えてしまったパフォーマンス。

THE FIRST TAKEはソニー・ミュージックの運営らしいのだけれど、もしもここにEMI系のアーティストが登場したら、それこそとんでもないことが起きそうだよなあ、なんて妄想を掻き立てるところも含めて、音楽の新時代を拓いた企画だったなと。

ネット時代のプロモーション

先に上げたYouTubeやTikTokからのヒットが多々生まれた今年、いわゆるボカロ出身のアーティストや、そのスタイルを受け継いだ「ユニット型」のアーティストが目立った。「夜好性」と括られるヨルシカ、ずっと真夜中でいいのに、YOASOBIにしても、共通点はその点くらいで、音楽的には特に重なる部分はない。ただ、その発信とか聴かれ方については、なんとなく共通のリスナーやリスニングスタイルが生まれているんじゃないかという気もする。

須田景凪「Alba」

ボカロだけでなくVTuberカバーも登場した名曲「シャルル」を生んだバルーンが、ソロアーティスト須田景凪としてデビューした、という話を知ったのは、彼の楽曲を偶然耳にしたずっと後のことだ。え、この人シャルルの人だったの、という。アンニュイなメロディや独特のリズム感など、どうしても先を走る米津玄師と比較されてしまいそうだけれど、次でも述べるように時代は「美しい曲」から「痛みのある曲」を求めるモードに入りそうな気がしているので、そこにうまくハマってくれないかな、と思う。

空白ごっこ「ピカロ」

これは完全に僕の好みやアンテナの問題だけれど、今年はバンドでもソロでも、マイナー調のメロディを採用した楽曲が目立った気がする。コードが完全にマイナーというわけではなく、メジャーセブンスなどの中間的な響きをもった組み立ての中に、主メロは短調というものもあったし、この曲のようにダンサブルな楽曲でマイナーというものも。1st EPの楽曲じたいはバンド的なアプローチのものもある中で、この曲が特にフィーチャーされていたように思えたのは、時代が音楽に「痛み」を求めているのかもしれない。今年で言えば空白ごっことCö shu Nieには、特にそんな流れを感じた。

次を期待する楽曲たち

PUNPEE – 夢追人 feat. KREVA

今年はめでたいニュースもあったPUNPEEだけど、この曲に関してはKREVAのリリック、フロウも含めて完成度が高すぎて、久しぶりに「トラックとライムが完全に一体化して頭に残る」という体験をした。まだまだこれからが楽しみになった一曲。

さくらシンデレラ「Daydream」

店内ミュージックとして流れてきて、即楽曲検索したのだけど、アイドル+オルタナという展開の中でも、個々の声域や声質がめちゃハマってたのが好印象だった。

iri「24-25」

すべての楽曲が安定しているだけに「次」の展開が欲しくなるiriだけれど、この曲は、Bonnie Pinkでいえば「Do You Crach?」から「Heaven’s Kitchen」くらいまでの時期の集大成的なもので、ここから「A Perfect Sky」や「冷たい雨」につながる流れがまだまだあるんだろうなと思えた曲だった。

大橋ちっぽけ「鏡写し」

現役大学生シンガー・ソングライターの大橋ちっぽけ。名前はトリッキーだけれど、楽曲は自身の敬愛するThe 1975のような爽やかな響きのものが多く、この曲の後にリリースされたミニアルバム「DENIM SHIRT GIRL」でも、その魅力は十分に感じられる。ただ個人的には、この曲の「痛み」ポイントがツボだったのでこちらを紹介。

そして最後にこの曲は、ノーコメントで。

赤い公園「pray」

来年も、きっともっとずっといい音楽に満ち溢れた年でありますように。

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