資源があればいいわけじゃない

雑記

普段、ドラマをリアルタイムで視聴することのない僕ですらハマったTBS系ドラマ『VIVANT』。肌感覚でも「話題になっている」なあと思うのだけど、一方で、漏れ伝わってくる話を聞いていても、誰一人として話の中身を理解していないのではないか、という気がする。ネット上では「考察動画」があれこれと流れてくるし、放送の翌日には「ネットにはこんな考察が」なんてマッチポンプで煽り記事が出るのだけど、それを含めて「盛り上がっている感で見ている層」と「ガチ考察勢」がうまく交錯しながらヒットに繋がっているということなのだろう。

僕の仕事に関して言えば、このヒットの背景なり特徴なりを分析することもできるのかもしれないけれど、実はあまりそこに関心はない。そもそもこのドラマに惹かれたのは、僕のもうひとつの専門分野である国際関係論とも関わるストーリーの部分だ。ウクライナ戦争以後に、しっかりと中央アジア地域を舞台した物語を描いていることや、開発支援、現地警察の汚職、国際的テロ組織のつながりなど、ドラマ用に誇張されている部分は多々あれど、「なるほどそういう背景の設定なのか」ということが分かるくらいには作り込まれている。だからこそ、その描写を解説なしでは読み取れない視聴者にとってはハードルが高いし、「裏切り者は誰か」といった部分の考察がネット上で流行するのだろうけど。

で、今回わざわざその「考察」に乗っかったのは、いよいよ物語の終盤に来て「その設定が入るなら、物語の筋も読み取れるぞ」と思ったものの、まさに国際関係なんかに詳しくない人にはイメージがつきにくい部分かもしれない、と思ったからだ。以下の文章では、『VIVANT』のネタバレを多数含みつつ、専門的な知見も援用しながら、物語の展開を予想してみたい。

翻弄される資源国

まず物語の筋を確認しておこう。全体は、大きく3部に分かれる。第1部は、主人公・乃木憂助が勤務する丸菱商事で起きた130億円の誤送金事件をめぐり、中央アジアの小国・バルカでの騒動に巻き込まれた憂助一行が、日本に脱出するまでの話。第2部は、商社マンとしての表の顔の裏で、特殊工作員・別班として活動する憂助が、国際テロ組織・テントの正体を暴くべく、組織の内部に切り込んでいく話。そして第3部となる第8話以降では、憂助の父・乃木卓がリーダーを務めるテントの真の姿と、憂助の思惑が明らかになっていくという筋書きだ。

こうした大枠はありつつも、当初は被害者だと思われた憂助が実は特殊工作員だったり、かと思いきや別班の仲間を裏切って単身で組織の中に潜入したりと視聴者を翻弄するどんでん返しをはじめ、「実はこの人も裏切り者なのでは?」といった「考察」要素がふんだんに盛り込まれており、視聴者を飽きさせない展開が人気を博している。モンゴルで行われたロケの映像は、広大な砂漠や土壁の家屋など、日本での撮影では出せないリアリティを感じさせるものだ。

けれど、僕がもっとも関心を持ったのは、「バルカ共和国」という、地理的に非常にユニークな設定の舞台だ。バルカはモンゴル、ロシア、カザフスタン、中国と国境を接しているというから、モンゴルの西端から新疆ウイグル自治区の最北端、そしてロシア南部のアルタイ共和国あたりの地域ということになる。かつては資源国として日本とも関係が深かったが、1983年にモンゴル系民族、ロシア系民族、カザフ系民族、中華系民族の四つ巴の武力衝突の際に日本は撤退。以後、低開発国として治安の悪い状態が続いているようだ。

とはいえ、首都近郊はそれなりに発展しており、高層ビルがあり、警察の監視カメラ網が敷かれており、憂助のような商社マンが資源開発のために乗り込んできていたりもする。一方で首都を外れると、道路もろくに整備されておらず、建物は質素、電気や水道もおぼつかないという状態であり、典型的な低開発途上国の姿を見せている。

こういう格差の大きな国には汚職もつきもので、憂助たちが脱出する際にも警官に賄賂を渡す場面が出てくる。そもそも憂助たちがバルカ警察に追われる際にも、警察官であるチンギスは脱法的な手段を取ることを厭わない姿勢を見せている。

なぜ法治主義が根付かないのか。それは、海外資本を含む産業投資が未成熟で、主として資源に頼った経済だからだろう。自前で資源開発ができない途上国においては、海外の資本が資源を独占しようと進出したり、外国資本への不満から内戦やクーデターが発生して国有化政策が取られたりすることがあるが、バルカもその例に漏れない。

そして、資源に頼る国の不安定な性格は、そこに関わる人の人生をも翻弄する。憂助の父・卓は資源供給の安定化を目的として公安から送り込まれた工作員だったのだが、1983年の政情不安定化の最中で日本から見捨てられ、単身で取り残されることになる。妻の明美は武装勢力の拷問で死亡、息子の憂助は人身売買の被害に遭い、家族は離散する。このあたりは、話の背景は大きく違うものの、三浦英之『太陽の子』を思い出させる歴史を感じる。

希少資源が出るとどうなるか

こうした背景を踏まえると、第3部で明らかになってきた物語の核心がどこにあるのかも見えてくる。卓はバルカに残り、そこで自分を助けてくれた現地住民たちに戦闘訓練を施して自警団化、後に周辺地域の警護から武力作戦までを担う民間軍事会社へと育て上げていく。まるで『地獄の黙示録』を思い出させる顛末だが、卓の目的は、孤児の多いバルカで孤児院を安定的に運営する資金を調達すること。汚職の横行するバルカでは、組織の部下であっても資源の横領や会計の不正が相次ぎ、私腹を肥やす輩が耐えない。また、民間人の被害を最小に抑える計画を練っても、テロの片棒をかつぐことで資金を調達するリスクは拭えない。

そこで卓たち「テント」のメンバーが目をつけたのが、バルカ北西部に眠る膨大な地下資源だ。半導体の生産に欠かせない純度99%のフローライトを独占的に採掘できれば、テロを行わずとも安定的な収入源になると見込んだテントは、世界の諜報機関に目をつけられることを厭わず各地でテロを実行し、資金調達を加速。それによる土地の買収完了まであと一歩と迫っていたというのが、第9話で明らかになったところだ。

このあとの展開を予想するのは野暮というものだが、ここで明らかになった設定は、専門的な見地からすると色々と考察の余地のあるものだ。簡単に言うと、テントの目論見はあまりにも楽観的で杜撰なものであり、このままでは到底うまくいくとは思われない。憂助が仲間を裏切ってまでテントに潜入した目的は、父親に会うためだけではなく、この杜撰な計画を軌道修正するためではないのか? というのが僕の予想だ。

まずは順を追って見ていこう。既に述べた通り、バルカはおそらく産業らしい産業が育っておらず、資源開発のための外資受け入れで成り立っている。こうした産業を受け入れ続けるために治安の安定は必須であり、政権は一般的に独裁化し、警察と軍隊が強い力を持つようになる。ただ言い換えるとそれは、不満分子を力で押さえつけてどうにか維持されている安定なので、もしもパワーバランスが崩れるような出来事が起これば、政権の土台から吹き飛びかねない。

ドラマを見る限り、政権の中枢にいるのはモンゴル系民族。4つの民族の衝突から40年たっても社会の融和は進んでおらず、相変わらず4つの勢力が鍔迫り合いをしていることが予想される。問題のフローライトが発見されたのはバルカ北西部であり、首都が存在し、インフラが整備された北東部からは距離がある。つまり、政府の権威が及んでいない地域であると同時に、ロシアやカザフスタンと国境を接している。

仮に2023年の現在の世界にバルカが存在し、そこでフローライトが発見されたら、まず動くのはロシアだ。効果は限定的だという見立てもあるものの、自前での半導体調達が非常に困難になる中で、自国に近い土地で資源が出たとなれば、ロシアはなんとしてもそれを手に入れる。親ロシア系の住民を使って独立運動を起こし、内戦に持ち込んで停戦目的で介入するかもしれない。モンゴル系政府と親ロシア派の対立激化は避けられないが、その一方でカザフスタンからも鉱床を押さえるために勢力が侵入するだろう。中国は、新疆ウイグル自治区を超えてバルカ入りする可能性は低いものの、表向きはロシアを支持しつつ、積極的な資本投資を通じた鉱山開発をモンゴル系政府と約束し、最終的に勝った方から漁夫の利を得ようとする可能性がある。

これを見て黙っていないのが欧米だ。まずアメリカとEUでは、バルカ産のフローライトを「紛争鉱物」に指定し、国際的な流通を阻止しようとするだろう。また、グローバル・バリューチェーン規制を強めて、欧米と取引のある各国に、自社で用いている半導体にバルカ産のフローライトが用いられていないかどうか、透明性の高いガバナンスを要求することにもなる。むろん、それだけでは中露にバルカ産フローライトが利益をもたらすのを止められないので、人道的な見地からバルカの内戦に介入しようとするはずだ。具体的には、モンゴル系政府勢力が中国との結びつきを強めないように、軍事支援と戦後の復興を約束し、バルカが「西側」にとどまるインセンティブを作ろうとするのである。

最終目標は日本の介入?

このように、バルカという政情の不安定な低開発途上国で希少資源が発見されるというのは、それだけで大きな火種を生み、さらなる不安定化をもたらす可能性が高い。このあたりは、ポール・コリアーの一連の著作(例えば『収奪の星』など)を読むといいと思う。ともあれ、ここまで話が大事になった場合、テントは、バルカ政府だけでなく、世界のあらゆる地域の軍隊、企業、政府を相手に、バルカ北西部のフローライトを独占し続ける必要がある。いかに国際的にテロ活動を行う力のあるテントでも、それは無理だ。卓は、国際テロ組織「テント」のリーダー、ノゴーン・ベキとして国際指名手配され、いずれかの勢力に暗殺される可能性が高い。

もちろん、これはすべて僕の予想した筋書きでしかない。だがこのような事態を避けることが憂助、そして別班の目的であるとするなら、彼が仲間を裏切ったように見せかけてまで組織内に潜入し、味方だと思わせようとした理由が見えてくる。

その目的とは、バルカ北西部のフローライトを、開発企業であるムルデール、ベレール興産と日本企業(おそらく丸菱商事)の独占合弁事業として、世界が把握する前に押さえてしまうことだ。バルカに対してロシアからうかつに手を出しにくいような状況をつくり、バルカを親中・親露にしないという欧米の思惑にも合致し、さらに日本の国益にもかなうこの策を内部から提案するために、憂助は単身、テントの内部に潜入して、その手伝いを買って出たのではないか。

何度も言うようにこの筋書きは根拠のない予想だ。物語的には、卓の市民権を回復し、「現地で社会貢献を行っていた日本人が発見した」というストーリーに仕立てて日本介入の正当性を高めつつ、日本から見捨てられた卓の恨みも晴らされる、となるといいのだけど、おそらくそんなにうまい話はないのだろう。

ただ、少なくとも専門的な見地からはテントの計画は到底実行できる見込みのないものだし、8話、9話とあれだけファイナンスの話が出てくる以上、その見通しの甘さについての指摘は出てくるだろうと思っている。ま、ドラマの見どころは人間模様らしいので、もしかすると父子の対決で終わるのかもしれないけど。

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